表紙

水晶の風 8


 麻耶は聞き上手だった。 あまりスポーツには詳しくないらしいが、和基が大学時代にはまっていたフットサルの話をすると、楽しそうに耳を傾けていた。
 だから食事時間はあっという間に過ぎた。 丼が空になったとき、和基は半ば本気でお代わりしようと思ったほどだった。
 だが、それではほぼ同時に食べ終わった麻耶を待たせてしまうことになる。 残念ながら、今夜はお開きにするしかなかった。

 ふたりは柔らかい夜気の中を、微風に吹かれて歩いた。 
「今夜はありがとう。 うまい店を紹介してもらって」
「ときどきあそこで食べてあげてください。 商売っ気のないご主人で、味がいい割に儲かってないみたいなんで」
「ひいきにします」
 店の入りに気を遣うなんて、性格がいいなあ、と和基は暖かい気持ちになった。

 古風な門の前に来て、二人は立ち止まった。 ショールをかけなおしながら、麻耶は小さく頭を下げた。
「それじゃ、おやすみなさい」
「ええと」
 押しだよ、押し! といういつもの兄の声が聞こえたような気がした。 薄暗さも手伝って、和基は大胆になった。
「僕はとても楽しかった。 また誘っていいですか?」
 息詰まる一瞬の後、麻耶は顔をほころばせた。
「あのお店に?」
「それでもいいけど、他でも」
「うれしいです」
 淡々と、なんのてらいもなく麻耶は答えた。
 わっと和基の頭が火照った。
「じゃ……いつにしましょうか」
「夕食時はたいてい家にいます。 昼間花造りをしているんで」
「花?」
 知っていたが尋ねてみると、麻耶は大きくうなずいた。
「ええ、シクラメンを。 もう半月もしたらガーデン用の出荷が始まるんですが、今はそんなに忙しくないです」
「ああ、ハウス栽培ですね?」
「ええ」
 短く答えると、麻耶はスカートのポケットから薄い財布を出して、中から名刺を抜き取った。
「これ、どうぞ」
 


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背景:硝子細工の森
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