表紙

水晶の風 7


 菱野麻耶ご推薦のラーメン屋は、郵便局と石材店に挟まれた縦長の店で、地味な茶色の暖簾をかけていた。 教えてもらわなかったらたぶん永久に気付かなかったかもしれない。 それぐらい地味な店構えだった。
 二人が中に入ると、四人ほど先客がいて、狭いカウンターは彼らに占領されていた。
 それで二人は小さなテーブルに向かい合って座った。 すぐにしゃきしゃきした感じの若い女店員が出てきて、注文を取った。
「そうだなあ、じゃ豚骨で」
「私はワンタンメン」
「はーい、豚骨一丁ワンタン一丁!」
 食べ終わった男が二人出ていくとき、そのうちの一人が麻耶にニコッとして頭を下げていった。 麻耶も落ち着いて微笑を返した。
「静かないい町てすね」
 他に話すことがないので、ラーメンが来るまでの手持ち無沙汰な時間、和基は当り障りなく環境を褒めてみた。
「静かなだけが取り得、なんで言ったら怒られちゃいますね。 あまり特徴のない町ですけど、お城と鐘楼は自慢できます」
 そこで黒目がちな瞳をパチッとさせて、麻耶は尋ねた。
「ええと、お名前訊いていいですか?」
 自分のほうは相手の名を知っていたものだから、つい黙っていて、和基は慌てた。
「あ、そうでした。 合田といいます。 合計の合に田んぼの田です」
「私は菱野です。 菱形の菱に、野原の野」
 カウンターのほうで、またごそごそ男と女の二人連れが席を立った。
「ごちそうさま。 お勘定ここに置くよ」
「ありがとうございました!」
 客は和基と麻耶だけになった。
 急に親近感が増した気がした。 運ばれてきた丼が気に入って、和基は満足げに割り箸を取った。 麻耶も一膳抜き、パシッと割って、残念そうな顔をした。
「また斜めに切れちゃった。 どうしても上手に割れなくて」
「左右より横に持って上下に開くほうがややきれいに割れるって聞いたな」
 試しに扇を開くようにやってみて、均等に割れたので和基はほっとした。 言い出しておいてできないと格好悪い。
 麻耶は感心した様子でその手元を見守っていた。
「ほんとだ。 物知りなんですね」
「いや、人から聞いただけで」
 和基は声を低くした。
 


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