表紙

水晶の風 4


 和基は閉口した。 勝手に盛り上がられても困る。
「どうしてそんなに詳しいんです?」
 中西は鼻の頭を掻いた。
「揉めてるんですよ。 遺言書無効の訴えが出てましてね」
「彼女から?」
「いや、妹さんからです。 二度ほど調停してるんですが納得しません。 本訴訟を起こすといきまいてます」
 和基は表情を消して、道の彼方に目をやった。 あの透き通るように綺麗な人を、金銭のごたごたとからめて考えたくなかった。


 夕方、生活道具が納まった家の中をもう一度点検してから、和基は風呂に入った。 移動が多いので、荷物は最小限にしてある。 それでも、やはり疲れた。
 中西はあれから、独身の彼を気遣って、うまくて安い寿司屋とか仕上げの早いクリーニング店、待ち合わせ用カフェなどを教えてくれた。 本当に気配りのいい男で、事務官になるために生まれてきたような性格をしている。 前任の検事が神経質だったらしく、和基が落ち着いた人柄で助かると言っていた。
 バスタブの縁に頭を置いて、和基は目をつぶった。 とたんに腹がグーッと鳴った。
 昼は中西と和風ステーキを食べたが、早めだったので随分時間が経っている。 夜は水気の物が欲しくなった。 近所でラーメン屋かうどん屋を探すつもりで、和基はジーンズとトレーナーに着替え、ぶらっと家を出た。

 行く先を定めたわけではないのに、いつの間にかお屋敷町にさまよいこんでいた。 電柱の住所表示を見ると、伏木二ノ四と書いてある。 和基は苦笑して、道の突き当たりに見える繁華街らしい灯りを目指して足を早めた。
 途中、立派な長屋門を通り過ぎた。 横に派手な赤いスポーツカーが止まっているのが人目を引いた。 夜なのではっきりとはわからないが、運転席に誰か座っているようだ。
――フェ○ーリか? この屋敷とはまるで雰囲気が合わないな――
 ちらっとそう思ったとき、門の中から高い声がした。
「勝手なことばかり言うんじゃないよ! 独り占めにするなんて、絶対許さないんだからね!」
「そんなこと言ってないでしょう? 確かに不公平だから、話し合おうって……」
「うぜーんだよ! 死ね!」
 金切り声と共に、若い女が横の通用門から走り出てきた。

 


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背景:硝子細工の森
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