表紙

水晶の風 3


 二人の眼が、合うともなく合った。
 とたんに女性の頬が桜色になった。 ただ上気したのか、それとも和基と視線を交わしたのが照れくさかったのかはわからない。
 彼女が小さく頭を下げたので、和基もつられて軽く一礼した。 次の瞬間、彼女はもう通り過ぎていた。

 白地に黒の小花模様を散らしたスカートが揺れながら遠ざかるのを見送っていた和基は、不意に受話器を当てた反対側の耳から呼びかけられて、ぎょっとなった。
「お待たせ!」
 その声が聞こえたらしく、電話が言った。
「仕事? じゃ、夜かけなおすわ」
 中途半端な気持ちで携帯を畳んでいると、中西が詫びてきた。
「すいません、電話中だったのに」
「いや。 家族ですから」
 首を伸ばして道路を覗き、中西は尋ねた。
「菱野麻耶〔ひしの まや〕さんとお知り合い?」
 菱野麻耶? あの人? 思いがけない問いに、物に動じないと評判の和基も、声が一瞬あやふやになった。
「いや……駅で見かけただけなんですが」
「それにしては」
 中西はにんまりした。
「顔が赤くなってますよ。 さっきから」
 嘘だろう! 平静を装って携帯をポケットにしまおうとしたが手がすべって果たせず、入れ直しているうちに、和基は本格的に頬が熱くなった。

 こうなったら開き直るしかない。 肩を並べて舗道を歩きながら、和基は自分から話題を振った。
「きれいですね、彼女。 どういう人ですか?」
「ああ、菱野って旧家のお嬢さんでね、花作りをやってるんですよ。 たしかシクラメンだったかな」
 イメージは優雅な花だが、ハウスで作るとなると結構重労働だ。 祖父の家でカーネーション栽培を手伝ったことがある和基は知っていた。
「農家なんですか?」
「いや、昔は山持ちの大地主さんだったが、最近は働かずにはいられないってとこで」
 いかにもよく知っているように、中西は話した。 そして、いたずらっぽく付け加えた。
「家はですね、お宅の傍にあるんですよ。 伏木に」
 


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背景:硝子細工の森
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