表紙

 空の魔法 92 いい知らせ



 今度の地下鉄はやや混んでいた。 だから内緒話は、家に近い麻布十番駅に着いて、外に出てから続けた。
「私、なんか妙な意味でお父さん見直しちゃった。 お祖父ちゃんに比べて、真面目一方って感じの人だとずっと思ってたんだけど」
「やっぱ似たところがあったんだよ。 絵麻のお祖父さん大胆だったもんな」
 それから急に泰河はポケットを探り、スマホを出して絵麻に渡した。
「おっと、忘れるとこだった。 絵麻によろしくって」
 電話を受け取った絵麻は、目をパチパチさせた。
「加奈さんだ」
「そう、横にいるのが婚約者だってよ」
「わあ」
 小さくVサインしている加奈と、彼女の肩を我が物顔に抱き寄せている背の高い青年に、絵麻は顔を近づけて見入った。
「やるなぁ。 いい男じゃない」
「見覚えないか?」
「へっ?」
 絵麻は驚いて顔を上げ、泰河の手に戻したスマホをまた覗き込んだ。
「さあ……」
「英語教室で会ったやつだよ。 ほら、かっこつけて加奈をガードしてたやつ」
「ああ!」
 やっと思い当たって、絵麻は手を打ち合わせた。
「こいつさ、加奈の名前と箱根に住んでるっていうのだけで、探しに行って見つけたんだと。 決め手は、入院してたお母さんに優しくしてくれたからだって。 加奈は母ちゃん子だし、早く結婚したがってたからな」
「それでも交際期間一年半か。 じっくり付き合って決めたんだね」
「加奈にしちゃ上等だ」
 絵麻はふざけて泰河の腕を叩いた。
「また〜。 加奈さんそんなにフワフワした人じゃないよ」
「頼りないじゃん。 すぐ泣くし」
「それは泰河がいじめるから」
「オレが?」
 彼は本気で驚いた。
「あいつがいらいらさせるからだよ」
「文哉ちゃんにはあんなに優しいのに、加奈にはどんどん言うよね」
「まあ、それは……。 加奈なら言っても大丈夫だし」
 ああ、そういうことか── 絵麻は笑いたくなった。 泰河はちゃんと相手を見て対応しているのだ。 加奈は泣き虫かもしれないが、芯は強そうだ。 ふっとはかなく消えそうな文哉とは違う。
「女らしくてかわいいなんて気許してると、佐竹賢悟〔さたけ けんご〕くん尻に敷かれてペッチャンコだ」
 泰河が嬉しそうに言い、絵麻はくすくす笑い出した。
「佐竹賢悟っていうんだ」
「そうだって。 製薬会社のリーマンで、収入も安定してるらしい。 加奈の母さん喜んでる」
「でも、加奈さんが結婚したら、お母さん一人暮らしになっちゃうんだよね」
 絵麻は少ししんみりした。 そのときはちょうど住処のビルに入るところで、泰河は商店街のスタッフに声をかけられて挨拶を返しながら、絵麻の手を強く握った。
「オレは絵麻を連れ出さないよ。 居心地いいし、ここにずっと住む。 素子おばさん嬉しいだろうな」
「お父さんも」
 絵麻がわざと付け足していると、家族専用エレベーターの傍に当惑した様子でたたずんでいる男性が目に入った。
 視線が合ったので、絵麻はその感じのいい男性に微笑みかけた。
「こんにちは」
 すると彼は、地獄に仏という感じで、いそいそと近づいてきた。
「やあどうも。 このエレベーター、上に行けなくなっちゃったんですね?」







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