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 空の魔法 82 未来と過去



 文哉が気にしないので、泰河は大胆になって、絵麻の横に座り込んで軽々と抱き上げると膝に乗せた。
「付き合ってもいいって、社長が」
 絵麻は胸が一杯になって、うなずいた。 父としたら最大限の譲歩だっただろう。 社会的に見たら、泰河を婿にしてもほとんど得はないのだから。
「その代わり、大学卒業するまで待てと言われた」
 絵麻は、またうなずいた。 泰河はしっかりしていて頭もいい。 並みの大学生よりずっと勉強に打ち込むはずだ。
「泰河のためだよね」
「いや」
 泰河はあっさり打ち消した。
「そう簡単に絵麻を手放す気はないって」
 まったく、転んでもただでは起きない父だ。 絵麻は苦笑いした。
 泰河は赤ん坊のように膝の上で絵麻をゆすりながら、切れ切れに言った。
「もう、外は、真っ暗だ。 今……頃は……オレ……死んでたんだな」
 また吐き気がかすかに戻ってきて、絵麻は顔をしかめた。
「やめよう泰河。 ぞっとする」
「絵麻、オレのどこが好き?」
 不意に質問された。
 全部。 そう言おうとして、絵麻は気を変えた。
「ところどころ」
 泰河はプッと噴き出した。
「オレは、絵麻のそういうところが好き」
 今度は機関車を器用に組み立てながら、文哉が珍しく高い声ではしゃいだ。
「僕もお姉さん好き! お兄ちゃんとお母さんと同じくらい好き」
「ありがとう」
 絵麻が喜んで答えると、泰河が木霊のように言った。
「ありがとう」
「ん?」
 絵麻と泰河の眼が、触れ合うぐらいの近さで合った。
「やっと言えた。 百万回言っても足りないけどな」
 それを聞いたとたんに唇が震え出したので、絵麻はあわてて泰河の胸にぐりぐりと頭を押しこんだ。
「じゃ、せっかく作った荷物、もとに戻さなきゃ。 明日は英語だからね。 忘れないでね」
「うん」
 お返しに顎で絵麻の頭をぐりぐりしてから、泰河は深く息をついた。
「日常が戻ってくるって、いいよなあ。 明日も明後日もこの建物にいて、絵麻と教室行って」
「もう見張ってる人もいないし」
「それはわかんないぞ。 社長のことだ。 絵麻のガードは外せないんじゃないか?」
「お金の無駄遣いだ」
 絵麻はむくれた。 それから思い出した。
「そうだ、泰河どうやって部屋に帰る? 鍵なかったよ」
「ああ」
 泰河はのんびりしていた。
「社長がマスターキー持ってるから、後で借りるよ。 部屋にいて急に呼び出されたんで、チノパンに穿き替えたの忘れて、財布とか全部置いてったんだ。 だからもともと閉め出され」
 絵麻は背中が硬直した。
「お父さん、何て言って呼び出したの?」
「ほんとのこと」
 泰河の声に抑揚がなくなった。
「駆け落ちしようとしてるのを知ってる、すぐ出てこないと、ここからだけじゃなく日本から放り出すって言われた」







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