表紙

 空の魔法 77 虚と実の間



「お父さん!」
 じゃ、何もかも知ってたのね! と叫びそうになって、絵麻はぎりぎりで踏みとどまった。 ともかく、父の気まずそうな顔を見たら一目瞭然だった。
 呼吸を整えてから、絵麻はそっけなく訊いた。
「私たちが加奈さんと会ってるの、わかってた?」
 父は低く咳払いしてから答えた。
「写真を見せられて驚いた」
「隠し撮りしたんだ」
「それが仕事だからな」
「お父さんが頼んだ仕事じゃない!」
 つい声が高くなり、絵麻はまた深呼吸した。 その強ばった顔を、昇はわびしい視線で見上げた。
「優しくしてやったんだってな、あの子に。 絵麻たちが用心してたから話は聞き取れなかったそうだが、頼まれごとをしてるようだったと見張りが言っていた。 だから、家に帰るとき覚悟して玄関を入ったんだ」
 父の声が揺れた。
「なんで絵麻は素子に、加奈たちのことを何も話さなかった?」
「お父さんが隠してきたことだから」
 疲れた……。 絵麻はつくづくそう思った。 正午過ぎからの頭痛と吐き気、そして屋上へ上ってからの極度の緊張で、もう神経がずたずただった。
「私は大事にしてもらってる。 でも加奈さんはあのとき、一人ぼっちだった。 それなのに必死でがんばってた。
 もしお父さんが加奈さんを見捨てたら、お母さんに全部話すつもりだった。 お父さんが箱根に行ってくれたから、元通り好きになった」
「今じゃもう大嫌いだろう?」
 昇が木枯らしのような溜息をもらしたとき、雨が音を立てて降ってきた。 屋上にはちゃんとした屋根の部分がない。 絵麻は最後の力をふりしぼって一輪車を立て直し、あぶなっかしく泰河を出入り口まで運んでいこうとした。
 その肩に、昇はレインコートの上着を脱いで着せかけ、一輪車の持ち手を絵麻から取り上げて、ぐいぐいと押していった。
 だが、そのままでは短い階段でも下りることはできない。 昇がまだ熟睡している泰河に肩を貸す形で持ち上げるのを見て、絵麻は急いで反対側に回り、自分も支えた。


 二人はまるで酔っ払いを支える会社の同僚のようなポーズで、泰河を担ぎ下ろした。 途中、泰河は二度ほど薄目を開けたが、覚醒することはできず、ただ自分でも足を動かそうと努力していた。
「……なんら〜?」
 絵麻はすばやく答えた。
「大丈夫。 私がついてる」
「うぅーん」
 苦労してラウンジの床に足がついたとき、絵麻だけでなく昇も明らかにホッとしていた。
 いったん半円形のしゃれた長椅子に泰河をもたれさせた後、昇は呟いた。
「うちには連れていけないぞ」
 急いで絵麻が泰河のポケットを探ったが、何も入っていなかった。
「携帯も鍵もない。 お父さんどうやって泰河を呼び出したの?」
 昇は眉を寄せただけで少し黙っていた。 それから妹の住居を眺めた。
「今はあそこに行くしかないな」







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