表紙

 空の魔法 67 新しい危機



 絵麻はゆっくり背筋を伸ばした。楽しいゲームの余韻が冷水をかけられたように消えて、表情が真剣になった。
「何それ?」
 父はポーカーフェイスで淡々と続けた。
「須藤永〔すどう ひさし〕くんはS大の三年だそうだ。 絵麻とは年も釣り合うし、なかなかハンサムだったな」
 絵麻は思わず顔をしかめた。 兄の匠〔たくみ〕と主に話していたので、弟の顔はよく覚えていない。 どちらも爽やか系だった記憶はあるが。
「その人に会ったの?」
「いや、父親の携帯で写真見せてもらった」
 親同士の企みか。 世の中はもう二一世紀だっていうのに。 絵麻はげんなりした。
「つまり、須藤家は立派なお家柄なのね」
「山梨の旧家だ。 古い酒造りで今でも地元で尊敬されてる。 戦後はワインにも手を広げて、国際的な賞を幾つも取ってるんだよ」
 国産ワインの質が高いのは、絵麻も知っていた。 では須藤一族は酒部門の伝統と革新をになう成功者なのだ。
「須藤社長は実直ないい人で、ゴルフやってもケチなごまかしはしないんだ。 ああいう人の息子なら将来安心だ」
「誰の将来?」
 絵麻はわざと問い返し、小さなあくびをしながら立ち上がった。
「もう寝るね。 なんか疲れた」
「須藤くんの申し出は?」
「本人じゃないんでしょう? それに会ったのずいぶん前のことだし。 今頃言われてもピタッと来ない。 高校生でお見合いは早すぎると思うし」
 見合い? と呟いて、昇は口を一文字に引き結んだ。 機嫌の悪くなるきざしだった。
「その子を絵麻に押し付けようっていうんじゃないよ。 いろんな子と話してみて、見る目を養ったほうがいいんだ。 もういいかげん飽きただろう? いつも泰河とばかり一緒じゃ」
 やっぱり──絵麻は背筋に電気が走るような悪寒を覚えた。 お父さんは泰河を私と引き離しにかかっている。 ただの幼なじみという芝居をずっと続けてきたが、家族の目はごまかせなかったのだ。
「やだお父さん、私共学に通ってるのよ。 男の子を見る目がないなんてこと、ないから」
 軽く笑い飛ばしながらも、胸は不規則に高鳴った。 父は泰河を簡単に追い出すことができる。 よそへ下宿させたって、誰も悪く言わないだろう。
 そのとき、それまで黙っていた素子がソファーの上で身じろぎし、のんびりと提案した。
「須藤さんって人は、お付き合いしたいなら自分で絵麻に挨拶しに来るべきよね。 父親に言わせるなんて、ちょっと頼りないな」
 昇はじれったそうに妻に目をやったが、声の調子は穏やかになった。
「向こうはその気らしいよ。 事前に筋を通しておこうと思ったんだろう」
「つまり昇さんに嫌われたくないんだ」
 そう言って、素子はにこにこ笑った。







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