表紙

 空の魔法 60 失えない物



「よけいな関係者を増やすなよ、まじで」
 泰河がうめいた。 それを聞いて、加奈よりも絵麻のほうがムッとなった。
「伊坂のおじさんは余計な関係者じゃないよ。 由香子さんと結婚して、その後もずっとお父さんと友達で、何も言わなかったんだから。 ほんとの友達で口が固いの」
「そうかい」
 泰河は投げやりに言い、体を後ろに倒してカウチの背もたれに寄りかかろうとして、低かったので引っくり返りそうになった。
「げっ、なんだ、このヤワなソファー?」
「泰河が脚長すぎ」
 体勢を立て直そうとしてもがいていた泰河は、絵麻がそっけなく言ってから携帯を使おうとしているのを見て、急いで引ったくった。
「だめ」
 怒って、絵麻はわざと勢いをつけてカウチに座りなおした。 そのせいで座面に弾みがつき、立ち直りかけていた泰河がまた横倒しになった。
「おいっ」
「ケータイ返して」
「やだね」
「箱根でしょ? 大した距離じゃないよ。 すぐ行って戻って来れるじゃない?」
「こーの分からず屋!」
 もがいたあげくに、泰河は脚の反動を使って軽々と立ち上がると、絵麻の前に仁王立ちした。
「昇おじさんが何怖がってると思ってるんだ! 素子おばさんに知られることなんだぞ!」
 絵麻は息を詰めた。 信じられない泰河の言葉だった。
「え?」
「え、じゃねーよ。 社長は奥さんと娘にばれるのが何より恐ろしかったんだよ!」


今度こそ茫然〔ぼうぜん〕となった絵麻の前で、泰河はどんどん早口になってまくしたてた。 まるで何かに追いかけられているようだった。
「昇おじさんはお母さんが早く死んじゃって、お父さんは跡継ぎにしようと厳しく教育するばっかりで、世間的には金持ち息子で焼餅焼かれるし、すっげー孤独だったんだ。
 素子おばさんとも最初は政略結婚みたいな感じで、逢うまでは白けてたらしい。 でも紹介されて会ったら、この人だ! って一目で思ったんだと」
 絵麻はまだあっけに取られて、口ごもってしまった。
「だって……どうして泰河がそんなこと知ってるの?」
「うちに来たとき、初美さんと話してたんだよ。 オレがまだ子供だったから、わかんないと思ったんだろ」
 泰河は野生動物のように鼻息を荒くして続けた。
「初美さんは言ってたよ。 素子さんってお母さんにどこか似てるわねって。 それでなのか知らんけど、ともかく社長には今の家庭がめっちゃ大事で、絶対必要なんだよ。 オアシスみたいなもんなんだろ。 だからこんな形で娘に知られたってわかったら、頭に来るぐらいじゃすまないんだよ」








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