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空の魔法
61 頼む条件は
泰河がまくしたてた後、部屋はしんと静まり返った。
次に口を開いたのは、加奈だった。 乾いた声で、加奈は言った。
「じゃ、私がぶちこわしたってこと? そんなつもりで来たんじゃないから」
絵麻は頭をかかえたい気分になった。 だが、泰河はひるまなかった。 冷たいと言っていい目で加奈を見下ろし、はっきりと答えた。
「オレは注意した。 説明したのに聞かないおまえが悪い」
「でも私にはお母さんしかいないの。 お母さんのためなら何だってする!」
「母親がいるだけいいじゃないか。 オレなんて誰もいない!」
絵麻は息を呑んだ。 加奈は顔をゆがめて、小声で言い返した。
「このまんまだと、お母さんもいなくなっちゃうかもしれない」
「私、黙ってる」
耐え切れなくなって、絵麻は声を出した。 泰河と加奈の目が、絵麻に釘付けになった。
「その代わり、加奈さんにお父さんの電話番号言う。 じかに言ってみて。 私は何も聞かなかったことにして」
そう言いながら絵麻は、威嚇するように加奈のほうを向いている泰河のズボンの後ろポケットに手をかけて引っ張り、カウチに座らせた。 ときどきやっているので、ほとんど無意識の動作だった。
「うちのお母さんには何も言わない。 一言も。 だから加奈さん、お父さんに言うといい。 来てくれなかったらうちのお母さんに頼むって」
加奈は、またウサギになりかけた目で絵麻を見つめ、視線を泰河に移した。
「……電話していい?」
座りこんだ泰河は肩をそびやかし、不機嫌に言った。
「オレに訊くなよ。 こんなときだけ」
加奈がぎこちなく携帯電話を取り出したので、絵麻は父の携帯の番号を教えた。 加奈は震える指で数字を順に押し、祈るように電話を両手で包んで耳にあて、相手が出るのを待った。
泰河と絵麻が見守る中、返事があったらしく、加奈の顔がキュッと緊張した。
「あ……あのぅ、加奈です。 箱根の、西条加奈……です」
少し間が空いて、加奈は必死になった。
「お願いします! そんなんじゃなくて、お母さんのことで。 お母さん事故で、車をガードレールにぶつけちゃって、大怪我したんです。 頭打って、それで記憶が混乱して」
はっきり話そうと努力したが、すでに涙声になっていた。
「昔に戻ってて、ショウちゃんに逢いたいって、そればっかり言ってて。 私の生まれる前の話なんです。 私のこと思い出してくれないの。 いなかったみたいにされてて」
そこで涙を振り払うと、加奈は突然すっくと背を伸ばした。
「それはいいんです。 きっと思い出してくれる。 でも今は、お母さんが逢いたいのは、し……社長さんだけなんです」
絵麻はしだいにうつむいて、加奈の訴えに耳を傾けていた。 さっきはああ言ったが、父が冷たく断るなら、加奈の電話を奪ってでも自分で頼むつもりだった。
加奈は電話を持ち直し、かすれ始めた声で言った。
「番号教えた人? 言えないです。 ともかく、病院に来てほしいんです。 明日手術だから、その前に一回だけ。 目立たない服で来てもらえたら、誰にもばれないと思います。 顔見せてくれれば、それだけでいいんです」
一息強く吸って、加奈は思いがけない言葉で締めくくった。
「お母さんに会ってくれたら、送金打ち切られてもいいです。 短大やめて働きます。 もう電話かけないし。 だからお願いします!」
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