表紙

 空の魔法 57 意外な告白



 檜蔵人は死んだ。 いつものように自分だけ楽しむため遊びに出かけて、崖から落ちてあの世行きになった。
 あれは本当に事故だったのか? 絵麻は初めて、蔵人の不自然な死に方に疑いを持った。 脅迫者は憎まれる。 父は慎重な性格だが、そんな父でさえ、蔵人を殺してやりたいと思ったことが、何度もあるにちがいない。
 絵麻の頭痛が、どんどんひどくなった。 最悪の想像が、脳裏を勝手に駆け巡った。 蔵人は常に身勝手だったが、長く留守にするときは、滞在先ぐらいは家族に教えていたらしい。 そっと後を追って突き落とすのは簡単だ。
 でも、蔵人おじさんの死は事故と認められているんだから──それだけが、絵麻の心のよりどころだった。 新しい決定的な証拠が出てこないかぎり、蒸しかえされることはない。
「病院に電話かけてみた?」
 絵麻は様々な思いを振り切って、加奈にそっと尋ねた。 加奈はティッシュを出して鼻を拭き、弱々しく答えた。
「今日は二回かけた。 午前中と、さっき。 様子は変わらないって。 興奮させないように、お父さんはすぐ見舞いに来るって話してるらしい」
「父は行くべきよ」
 絵麻のきっぱりした声に、加奈は愕然として顔を上げた。
「絵麻ちゃん……」
「あなたのお母さんと逢っていたとき、着ていたような服を着て、お見舞いに行くべきだわ。 父はいろんなことを揉み消せるんだから、結婚前に好きだった人に会いに行ったからって、スキャンダルになるとは思えない」
 絵麻の口調は苦かった。 こんなに父に失望したのは初めてだ。 そのとき、両親には絶対に内緒にする、と泰河と指切りしたのを思い出したが、もう気持ちに弾みがついてしまっていた。
「私から父に電話する」
 そう言ってバッグから水色の携帯を出そうとした絵麻の手を、不意に加奈の手が押さえた。
「ちょっと待って。 お父さんを怒らないで」
「え?」
 びっくりして顔を上げた絵麻は、加奈が手を包むように握ってきたので、どうしたらいいかわからなくなった。
「……なんで?」
「悪いのはお父さんじゃないの。 うちのお母さんが、嘘ついたっていうか」
 絵麻は座りなおして、正面から加奈を見つめた。
「嘘?」
「そう」
 加奈はうつむき加減になったが、視線だけは必死に絵麻の目を見据えていた。
「ピル飲んでるから大丈夫だって言ったんだって。 あ、ピルって避妊薬ね」
 絵麻は唾を飲み込んだ。 それぐらいは聞いたことがある。
「じゃ……」
「うちのお母さん、若いころは遊んでたっていうか、荒れてたんだ。 でもお父さんのことは本気で好きになって、子供欲しいって初めて思ったんだって。 だから私をすごく可愛がってくれた。 これまで冷たくされたことなんか一度もなかったのに」
 なんとか話し終わると、加奈は本格的に泣き出した。







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