表紙

 空の魔法 56 手紙泥棒は



 驚きすぎて、絵麻はとうとう頭痛に襲われた。
 泰河が手紙を返した? つまり、もともとは泰河が持っていたものなのか? 彼がなんで、お父さんが加奈さんのお母さん宛に出した手紙を持っていたんだ?
「手紙を返してもらったって……これ、加奈さんのお母さんが持っていたんじゃないの?」
 しまった、というように、加奈は一瞬顔をくしゃくしゃにしてから、上目遣いになった。
「盗まれたんだ」
「誰に? 泰河に?」
 絵麻の鋭い問いかけに、加奈は思わず後ずさりして、花を一杯に植えてあるコンテナにぶつかった。
「ちがうよ。 だから言ったでしょ? 泰河は返してくれただけだって」
 荒い息を静めようとしながら、絵麻は必死で考えた。 泰河は加奈に親切にしたと言った。 加奈自身もそう感じているようだ。 だから泰河に頼ってくる。 ということは、この手紙を盗んだ誰かは泰河の身近にいて、手紙を使って悪事を働こうと……。
「あっ」
 絵麻が小さく叫んだのを見て、加奈は唇を噛み、バッグを握りしめた。
「絵麻ちゃん……」
 絵麻は大きく目を開けて、改めて半分血のつながった加奈を凝視した。 そして思った。 加奈さんはいい人だ。 彼女も手紙を読んだだろうに、これで父を脅して故郷に来させようとは、まるで考え付かなかったらしい。
 私は考え付いた。 私のほうがずっと人が悪いんだ──残っていた最後の敵意が、静かに消えていった。 泰河がこの人のいい子羊を守ってやりたいと感じたのは、無理もない。 私でさえ、今はそう思ってる。
「加奈さん」
「なに?」
「こっちでどこかに泊まってるよね?」
「うん、一泊五千円ぐらいのビジネスホテル」
 割安だが、小遣い一万円の絵麻にとっては手の出ない金額だ。 父はお金の面では『もう一人の娘』に不自由させていないらしい。 そう知ってもうらやましくはなかった。 むしろ気の毒だった。 絵麻の教育には細かく気を遣うのに、加奈には金さえ渡して黙らせておけばそれでいい、という父の投げやりな姿勢が嫌だった。
「あそこのベンチに座らない?」
コンテナの背後に二つ並ぶ灰色のベンチを指して、絵麻は加奈を連れて行った。 そして、木陰になっていて人目につかないほうを選び、大通りに背中を向けて腰を下ろした。
 それから、言いにくい質問を、考えをまとめながら慎重に訊いた。
「その手紙、誰が持っていたか、泰河は話した?」
 加奈はバッグを膝に置き、瞼を伏せて答えた。
「知り合いだけど、言えないって」
 絵麻は小さくうなずいた。 もしかすると加奈は、父自身が誰かを使って奪い返したと思っているのかもしれない。 だがそうではないことを、絵麻は確信していた。
 盗んだのは、檜蔵人だ。 彼はルポライターとして、あちこちにコネがあった。 だからどこかで加奈と母親のことを探り出し、たぶん言葉たくみに加奈の母に近づいて、手紙のありかを聞き出して盗んだのだ。
 そして蔵人は、陰でずっと父を脅していた。 やりきれない。 前から蔵人が好きではなかった。 あのなれなれしい笑顔、厚かましい態度が、夏瀬昇の弱みを握っているという自信から来るものだったとわかった今、絵麻は自分の手で崖から突き落としてやりたいぐらい、彼が憎かった。








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