表紙

 空の魔法 55 証拠の手紙



 絵麻は何ともいえない気持ちで、いきなり血のつながった姉だと名乗り出た加奈を見つめた。 いつの間にか二人とも足が止まり、サルビアと黄花コスモスが咲き乱れるコンテナの横で立ち尽くしていた。
 今の絵麻は怒りを失い、脱力感にさいなまれていた。 父はそこそこハンサムだし、昔から財力もあった。 結婚前に誰とも付き合いがなかったとは思えない。 しかし、正式に結婚する気がないのに子供を作ってしまうとは! どちらかというと用心深い父の性質を知っているだけに、絵麻はなかなか信じ切れなかった。
「ごめん、ちょっと待って。 失礼なこと訊くけど、父は加奈さんを認知してる?」
 それがわかれば、父の実の子だと納得できる。 絵麻は絵麻なりに必死だった。
 加奈はわずかに口をあけた。 しばらくじっと見つめられて、絵麻は居心地が悪くなった。
「怒った?」
 すると、加奈はゆっくり首を横に振った。
「怒ったりしないよ。 怒っていいのは、絵麻ちゃんのほうだと思うけど。 ほんとに落ち着いてるんだね、泰河の話のとおり」
 私が? 落ち着いてる?──泰河が絵麻のことを加奈と話し合っている姿を想像しただけで、頭に血が上った。
「悪いけど、証拠がないと信じられない。 それに、なんで泰河と知り合いなの?」
「それは言えない」
 妙にきっぱりと加奈は言い、コーチのバッグを探って、チャックつきのビニール袋を取り出した。 そして、絵麻に渡した。
「写真はコピーしてきた。 手紙も入ってる。 信じてもらえなかったとき、見せようと思って持ってきたの」
 悪夢の中にいるような気持ちで、絵麻はまずビニール越しに写真を見た。 鼻筋の通った美人と若いころの父が、顔を寄せ合って並んでいた。 女性の面立ちは、今の加奈によく似ていた。
「開けていい?」
絵麻が低く訊くと、加奈は小さくうなずいた。 それで絵麻は手紙だけ出して袋を加奈に返し、広げて読んだ。
 初めは文字を目で追っても、なかなか意味が頭にしみこんでこなかった。 それだけ緊張し、気持ちが落ち込んでいたのだろう。
 やがて少しずつ理解力が戻ってきた。 手書きの手紙は事務的なもので、冷たいという以上に、冷酷にさえ感じられた。 君が欲しくて産んだ子供は君一人のもので、育てるというなら生活費と学費は出すが、DNA鑑定その他は一切受け付けないというのが条件だ、というのが、大体の内容だった。
 ていねいに手紙をたたみながら、絵麻は無意識に首を振っていた。 父に対する敬意がガラガラと崩れ落ちる音が聞こえるようだった。 DNA鑑定、という言葉が目に入った瞬間、絵麻はようやく確信した。 加奈は確かに、夏瀬昇の実の子なのだ。
「父の字だと思う」
「そう?」
 加奈はすがりつくような目になった。 昇の字を知らないのだ。 絵麻はたまらなくなって、手紙とビニール袋の写真をいっしょくたにして、加奈のバッグに押し込んだ。
「これを持ち歩いたら危ない。 どこか安全なところに隠さないと」
 加奈は目を見張った。
「泰河も同じこと言ってた。 その手紙を返してくれたときに」







表紙 目次 文頭 前頁 次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送