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空の魔法
54 親のために
さわやかな日だった。 ときどき涼やかな風が吹き渡り、街路樹の枝を揺らしていく。 二人は一分ほど肩を並べて、無言で歩いた。
それから、加奈が息を吸い込むようにして、はっきりしない声で言った。
「会って、頼みたかったんだ」
絵麻は通学かばんを引き寄せて尋ねた。
「誰に?」
加奈は足元に視線を落とし、やんわりと答えた。
「お父さんに」
なるほど。 東京に父親がいるのか。
「えぇと、お母様とお父様は別れたの?」
「うん」
加奈も絵麻の動作に合わせたのか、小さめのショルダーバッグを引き付けて脇に入れるような動きをした。
「その後で、お父さんはあなたのお母さんと結婚した」
最初は飲み込めなかった。 加奈が言っているのは簡単なことなのに、なぜか頭が働かず、うちのお母さんの話がなぜ出てくるんだ、と不思議に思った。
それから、急に腹の底から怒りが盛り上がってきた。 うちの母と結婚したのは、父じゃないか。 この人は、私の父をお父さんと呼んでいるのか?!
絵麻は超人的な努力で、加奈に投げつけそうになった鋭い言葉を飲み込んだ。 感情的になってはいけない。 話を全部聞いてから判断しないと。 カッとしたら喧嘩になるだけだ。
「うちの父が、あなたのお父さん?」
我ながら驚くほど、静かな声が出た。 加奈はパッと顔を上げ、絵麻と目を合わせた。 頬がわずかに赤らんでいたが、緊張や敵意はあいかわらず見受けられなかった。
「そう。 嘘じゃないよ」
そして、思いがけない言葉を続けた。
「ごめんね。 絵麻ちゃんに嫌な思いをさせる気はなかった。 でも泰河が、どうしてもいけないって言うから、他に頼む人がいなくて」
「何を?」
反射的に訊きながら、絵麻の頭は勝手にめまぐるしく動き出し、状況判断にかかっていた。
加奈は目立たないが上等な服を着ている。 ショルダーバッグもコーチで、確か二万近くする製品だ。 楽な暮らしをしているらしい。 といって、ぜいたく好きな印象でもないから、たぶん金目当てで父に近づこうとしているわけではない。
「母さんが事故って、明日手術なんだ。 ふだん丈夫で入院なんかしたことない人なもんで、パニクっちゃって。 麻酔したらきっと目が覚めないとか、縁起の悪いことばっかり言って騒ぐの」
話が意外なほうへ飛んだ。 絵麻はびっくりして、肩を落とす加奈を見つめた。
「大変じゃない! こっちへ出てくるよりお母さんの看病しないと」
「追い出された」
加奈はますますしょんぼりした。
「あんな母さん初めて。 頭も打ってるらしくて、私のことわからないときがあるの。 そばにいると興奮するからしばらくそっとしておいてって、お医者に言われた」
そんな……。 絵麻は途方にくれた。
「でも、そういうことだと、父に会っても……」
「会いたがってる、すごく」
加奈の声がせっぱつまった。
「母さん昔に戻っちゃったみたいなんだ。 一番楽しかったころに。 だからお父さんがちょっとでも来てくれたら、きっと幸せになって落ち着くと思うんだ」
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