表紙

 空の魔法 49 説明がない



 絵麻は、思わずまじまじとその少女を見つめてしまった。 泰河は男らしい顔つきをしていて、ハンサムだと言う人もいる。 だが決してなれなれしくできるタイプではなかった。 いくら座っているからとはいえ、そんな泰河の肩に手をかけてしまうなんて、いったい何者だ!
 泰河はゆっくり立ち上がった。 そして、少女の手首を掴んで無言のままラウンジから廊下に引っ張っていった。
 あっけに取られて、絵麻も反射的に中腰になりかけた。 しかし泰河は振り向きもせず、ぐいぐいと女の子を引きずっていく。 途中で振り向いた彼女の顔には、もう笑みはなく、口元が引きつっていた。
 しかたなく、絵麻は目立たないように座りなおして、落ち着いた風をよそおった。 納得がいかない。 わけがわからないが、後を追っていくと嫉妬しているように見られるのが嫌だった。


 さすが英語教室で、カラオケの曲はすべて英語の歌だった。 二曲ヒップホップが続いたため、興味のない絵麻は飽きてしまい、出入り口のほうを何度も振り向いた。 初めはさりげなくやっていたものの、五分も経つのに戻ってこないから、終いには露骨に体を回して、戸口をしばらく眺めていた。
 その視線の先で、ようやくドアが開いて泰河が入ってきた。 一人だ。 静かに絵麻の横に戻った彼に注目する者は、ほとんどいなかった。 トイレにでも行っていたと思われたのだろう。
 絵麻はいくらか前かがみになって、彼に尋ねた。
「誰?」
 カラオケの合間に忙しく手を動かしているディスクジョッキーを見つめたまま、泰河は短く答えた。
「ただの知り合い」
 絵麻は言わずにはいられなかった。
「そうは見えなかった」
 すると泰河は首を振り向け、矢で射るような眼差しで絵麻を見つめた。
「元カノだと思ってんの? ちがうよ」
 それから不意に、吐き捨てるように言った。
「あんなの好みじゃないから」


 この奇妙な出会いのせいで、カラオケの楽しさはだいぶ薄れてしまった。 それでも絵麻は泰河と二人で《美女と野獣》をうまく歌えた上、十五分ほど見よう見真似で踊れたので、後半は盛り返した気分になった。


 帰りの電車でも、また翌日の英語教室のレッスンでも、泰河はあのなれなれしい少女について一言も触れなかった。 彼女が泰河の昔の彼女ではなさそうだと、絵麻も納得していたので、それ以上訊けないままだった。 だが心の中では、もやもやした気分が渦巻いていた。 主な理由は、名前も知らないあの子が絵麻より少し年上で、バカにしたような目つきで見たことと、彼女がまぎれもない美人だったためだった。







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