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空の魔法
47 暗い思い出
めまぐるしく遊びまわって、ヤギやモルモットを見て、にぎわっている釣堀をちょっと覗いて、園内をぐるりと記憶に収めた後、正午ちょうどに二人は遊園地を後にした。
空は相変わらず曇っていたが、二人とも晴れ晴れとした表情だった。 少し行ったところに屋台が出ていたので、泰河が串焼きソーセージを買って、絵麻にも手渡した。
「昼飯食べる時間はないけど、腹の足しになる」
「ありがと」
嬉しいけれど少し迷った口調で、絵麻は答えた。 しつけがきちんとしているから、立ち食いなんてしたことがない。 だが、これも人生の初体験。 後ろめたい楽しさで笑顔になると、絵麻は泰河と並んで少しずつ食べながら、駅に向かった。 ソーセージは焼き立てでおいしかったが、少し塩が効き過ぎていた。
電車の中で、二人はずっと手を握り合っていた。 どうぞお幸せに、という祝福の言葉が、どちらの耳にも残っていて、薄暗い車内がほんわりと虹色に見えた。
「そういえばさ」
泰河が熊蜂の唸りのような声でささやいた。 彼は大きな声を出すときはハイバリトンだが、普通のときは低く、ささやき声はさらに低まってバスに近くなる。 だから怒ると迫力があった。 今はもちろん怒っているわけではないが、電車がわりと混んでいたので、隣のおじさんに聞かれたくないようだった。
「俺たち喧嘩したことあったか?」
絵麻はすぐ首を振った。
「ない」
「なぜかな」
わからない。 ともかく、本気で彼に腹を立てたことは、一度もなかった。 だから喧嘩になりようがない。 泰河はといえば、つい最近まで絵麻を子供扱いして、まともな喧嘩相手とは思っていなかったようだし。
「私、誰ともあまり喧嘩しないもの」
とたんに肘で軽く小突かれた。
「自分だけいい子になってー」
「泰河は? よく喧嘩するの?」
「いや」
不意に車窓から光が差し込んできて、泰河はまぶしげに眼を細めた。 今頃になって雲が切れたらしい。
「中学・高校と柔道部だったろ? 殴りあうとまずい状況で」
「そうか〜」
強烈に臭い柔道着の持ち帰りを拒否され、洗濯機を貸してくれと素子に頼んでいた泰河の姿を思い出し、絵麻は顔を引き締めた。
「うちのお母さんが柔道着洗ってあげたんだよね。 今はいい洗剤あるから、洗濯機汚れたりしないのにね」
絵麻の考えを察した泰河は、穏やかに言った。
「あれは初美さんがだめって言ったんじゃない。 穂高のおばさんだよ。 あの人めちゃくちゃきれい好きなんだ」
「あのおばさんが、檜〔ひのき〕家を支配してたんだ?」
「まあ、そんなとこ」
やっぱり。 でもそれでは、元凶の穂高ミキがいなくなった今でも、初美が泰河を追い出そうとしている理由は何なのか?
絵麻は思い切って泰河に尋ねようとして、やはりできなかった。 せっかくの誕生日で初の外デートの日をぶちこわすのは、絶対に嫌だった。
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