表紙

 空の魔法 43 昼のデート



 泰河との交際は、すぐ元に戻った。 少なくとも表向きはそう見えた。 泰河が絵麻に触れなかったのは、たった一週間だけで、まだ夏休みが終わらないうちに、もう柵から手を伸ばして、指をからめてきた。
「こうしとくと、よく眠れるんだ」
 可笑しくなって、絵麻はヴェールをかけたように地上の明かりを反射して薄く光る夜空を見上げながら微笑んだ。
「私って睡眠薬か」
「うん」
「知らなかった」
 つないだ手を、幼児のように小さく振りながら、泰河は訊いた。
「もうじき誕生日だよな。 何ほしい?」
 絵麻は九月十七日生まれだ。 泰河は子供のときから絵麻の誕生日を忘れたことがなく、いつも贈り物をくれた。 初めは絵麻の好きなキットカットなどのお菓子類で、やがてたまごっちプラスのような小さいおもちゃになり、中学に入るとおしゃれなデザインの腕時計をくれたりした。
 何をもらっても、絵麻は喜んだ。 お菓子は誰にもあげないで、すべて一人で食べたし、おもちゃや時計は壊れるまで持ち歩いた。 そして、使えなくなった後は箱にしまって、大事に取っておいた。
 だが、欲しいものを訊かれたのは、今年が初めてだった。 絵麻は戸惑った。
「どうして訊くの? 何かな〜って包み紙開けるのも楽しみなのに」
「開けてがっかりってなってほしくない」
「ならないよ」
 真心をこめて選んでくれたものにケチをつけるような気持ちは、絵麻にはなかった。 たとえ使うのに困るほど趣味に合わない品でも、もらった日付と送り主を包装に書いて、しまっておいた。 それに泰河が今まで贈ってくれた物に悪趣味なデザインはなかった。 彼は雑に見えるが、センスがいいし、絵麻の好みをよく知っていた。
 泰河は考え込みながら、絵麻の右手の指先を使って数を数えた。
「あと五日か。 他のやつなら、高級レストランでお食事、とかなるんだがな」
 絵麻はにやついた。
「うちは下に下りれば高級レストランだらけだもんね」
「映画も、いまヒルズに行くほと、いいのやってないし」
「ね、どっかへ遊びに行かない?」
 不意に思いついて、絵麻は提案した。
「もう短期のバイト終わったんでしょう?」
 すると泰河は短い吐息をつき、空いた手で胸をかいた。
「やっぱディズニーランドとか?」
「そんな遠くじゃないよ」
 絵麻は友達に聞いたささやかな情報を思い出していた。
「どっかに区立の遊園地があって、ゆるくてとっても面白いんだって」
 やる気なさげに柵に寄りかかっていた泰河が、少し体を起こした。
「区立? 近場だな」
「小さな都電に乗っていくの。 そこから楽しいらしい」
「よーし、ググってみるか」
 久しぶりに彼の声が弾んで聞こえた。 絵麻はうれしくなって、早口で付け加えた。
「今年の十七日は土曜日なんだ。 だから午前中から行ける」
「チビガキが一杯か?」
「いいじゃない? にぎやかで」
 泰河はフフッと笑い、柵越しにVサインを送ってきた。







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