表紙

 空の魔法 44 作戦は成功



 絵麻は気をつけて、両親に根回しした。 変な疑いを抱かせないように、自分から泰河を誘ったとはっきり告げた。
「バースディプレゼント思いつかないみたいだったから、あらかわ遊園に行こうって頼んだの」
「あらかわ遊園?」
 一緒に朝食の手作りチキンナゲットを食べていた父が、妙な顔になった。
「子供用の?」
「いいじゃない」
 絵麻はふくれてみせた。
「今そういうの流行ってるの。 DLだってそうでしょ? 規模が大きくたって、ただの遊園地よ」
「のりものに体入るのか?」
 父は本気で心配しているらしい。 絵麻はにやにやしそうになった。
「入る。 親が付き添いで行くんだもの。 乗れなかったら大変」
「そうか」
「そんなに泰河くんを引っ張りまわして大丈夫?」
 母は別のことを気にしていた。
「あの子、けっこう友達多そうよね。 この間、駅前で同じ年ごろの男の子たちとワイワイやってるところを見たわよ。 土曜日なんて、男の付き合いがあるんじゃないの?」
「どんな子たちだった? 不良っぽかったか?」
 昇がすぐ訊いた。 絵麻はムッとしたが、素子は夫の思惑に気づかず、ふつうに答えた。
「ううん、感じよかった。 私が泰河くんに声かけたら、みんな振り向いてニコッとしてくれたわ」
 父の面白くなさそうな横顔を見て、絵麻は内心ガッツポーズをした。 泰河は男仲間には受けがいいのだ。 昔からずっとそうだった。


 結局、遊園地は昼過ぎまでで、夜は例年のように家族一緒に観劇へ行くことに決まった。 今年は東日本大震災の後なので、チャリティ公演の『コーカサスの白墨の輪』にした。 名作劇は子供の教養を高めるのにいいと父は信じていて、小学生のときからよく音楽会や芝居見物に連れて行ってくれて、絵麻はそういう父を大事に思っていた。


「泰河」
「うん?」
「駅近くでお母さんに会ったんだって?」
「ああ、まあな。 すれ違っただけだけど、挨拶してくれた」
「泰河の友達、感じよかったって」
「バイト仲間が?」
 泰河は口を大きく横に広げて笑った。
「笑顔がクセになってるんだよ。 飲み屋でバイトしてっから」
「ああ、そうなんだ。 挨拶って大事だね。 でもほんとにいい人たちなんでしょう?」
「ああ、あいつらはそうだよ」
 わずかに沈黙が続いた後、泰河はふと言った。
「今日、文哉に会った」
 とたんに絵麻は耳をそばだてた。
「よかったね! 一ヶ月ぶり?」
「うん、それぐらい」
「元気だったでしょ?」
「日焼けしてた」
 文哉は幼稚園が夏休みの間、軽井沢へ行っていた。 母の初美が連れて行ったのだ。 前なら信じられないことだが、シッターの穂高ミキが別の職場へ移って以来、初美は文哉の世話をちゃんとするばかりか、一緒に出かけるようになっていた。
「アイツな、オレがエレベーター降りたら飛びついてきた。 それで、籠に入れたクワガタくれたんだ」
「へえ〜」
 あのおとなしい文哉ちゃんが、クワガタ! 絵麻はなんだか胸がじんとした。
「泰河を待ってたの?」
「たぶん」
 そう呟いて、泰河は柵の向こうにいてもわかる優しい目つきになった。 兄弟の絆は今でも堅いようだった。







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