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 空の魔法 41 留守は辛い



 まだ外は明るかった。 絵麻の部屋は少し突き出した形になっていて、横に幅一メートルほどの壁があり、居間や両親の寝室からは見えにくい。 それでもまだ日が高いうちに堂々と会うのは危険だ。 絵麻はできるだけガラス戸に引っつくようにして体を外に出し、小声で呼びかけた。
「泰河?」
 すぐ衣ずれの音がして、低い声が返ってきた。
「元気か?」
 柵の隙間からお土産を押し込もうと苦心しながら、絵麻は答えた。
「うん、元気。 泰河は?」
 メールで連絡を取っていても、泰河の場合信用できない。 熱が出ているのに監視員のバイトに行って、プールに飛び込んでしまうようなところがあるからだ。 体力を過信しているのか、単に痛みに鈍感なのか。
 声がすぐ傍に寄ってきた。
「まあ普通。 なんだこれ?」
「『にんげんがっき』っていうの。 モールで実演してて、面白そうだったから」
「食い物じゃないんか」
 絵麻はくすくす笑った。 そのとき居間の戸ががらりと開き、母の呼び声がした。
「絵麻、外に出てるの?」
「じゃ、また後で」
 柵にむかって急いでささやきかけた後、絵麻は大声で母に返事した。
「空気の入れ替え。 どうして?」
「ベランダにいるんなら、ちょっと来て。 留守の間になんか鳥が来たらしくて、バルコニーが荒らされてるのよ」
「はーい」
 ベランダの小扉を開けて、横の大きなバルコニーに出るとき、絵麻は思いついた。 ここに鳥が舞い降りたのなら、屋上にも被害があるかもしれない。 こっちを片付けたら、すぐ見に行こう。


 何が暴れたのか知らないが、自動潅水装置が倒れて、植木鉢が三個ほど壊れ、観葉植物がしおれていた。 家のほうに被害がないので、泥棒が雛壇式の屋上からロープを垂らして忍び込んだのではないらしかった。
「やっぱり鳥ね。 それも大きいやつ」
「こんなところで何してたのかしら」
「渡りの途中で休んでいたとか?」
 二人は顔を見合わせた。 本当にそうかもしれない。 鳥たちは水が飲みたかったのだろうか。


 植木鉢の予備にデンドロンを植え替え、たっぷり水をやると、絵麻は母に、屋上も見てくると言い残して玄関を出た。 そして、泰河が使っている祖父の住処の前に近づき、玄関ドアのチャイムを堂々と鳴らした。
 泰河はすぐに出てきた。 目を丸くしている。
「あれ? 来ちゃってどうすんだ?」
「はい、これもお土産」
 駅弁を一つ渡した後、絵麻は軽くウインクして付け加えた。
「これから屋上に行くんだ。 少ししたら来て」


 屋上は無事だった。 絵麻たちが留守の間も、管理の人が手を抜かずに見回っていたのは明らかで、七月中に枝きりをしなければならないアジサイがきれいに刈り込まれ、新しいプランターが並んで、サルビアが満開になっていた。
 広い屋上庭園を、絵麻がゆっくり見回っていると、ドアが開く音がした。 そして、振り向いた絵麻の前に泰河が飛び出してきて、いきなり物も言わずに抱きしめた。







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