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 空の魔法 39 入学式と鳥



 両親のいる前で堂々と、英語教室に通いたいと言ったのは、成功だった。 泰河が真剣に勉強して推薦に受かったことで、親たちは彼を見直していたから、いいタイミングだったのだ。
 それに泰河が見つけてきた英語教室も、高級ぶったボッタクリではなく、地味でまじめな授業をするところだった。 自分で調べた昇は、あっさり許可を出してくれた。
「場所が新宿っていうのがちょっとな。 寄り道しないで帰ってくるんだよ」
「はい」
 絵麻は時間制限をかけられても平気だった。 週に二回、泰河と堂々と一緒にいられる。 それだけで絵麻には充分だ。


 こじんまりした英語教室は、新宿御苑の裏手にあって、都会の真ん中にしては環境がよく、一般の住宅のような感じだった。 泰河がそこを選んだ決め手は、教える側が必ず、アメリカかイギリス人の教師と、日本人の教師がペアを組んで授業するからだった。
「英語しか話さない外国人に、日本人の勉強の仕方がわかるわけないよ」
 それが泰河の信念だ。 高校一年のとき交換教師か何かでやってきた某国の大学院生が、トラウマになったらしかった。
「もう何も知らねーの。 オレより計算下手なくせに、妙に上から目線のヤローで、来て二ヶ月で大麻作って捕まってやんの」
「最悪だ」
「ほんとそう。 すげー嫌われてて、そいつが辞めさせられたとき教室で祝杯あげてた」
「ビール?」
「チューハイ」
 こういう話が行き帰りでできるので、普通ならだんだん面倒くさくなる英会話のレッスンも楽しいのだった。


 泰河の入学式に、絵麻は家族代表で出たいと思った。 だが母に止められた。
「初美さん、行ってあげないの? しょうがないわね〜。 じゃ、いい経験になるから、私行ってくるわ。 だけど絵麻は連れていけないわよ。 昇さんに言われてるもの。 勉強仲間ならいいが、家族じゃないって」
 そのうち家族になるんだから──心の中で、絵麻はそう呟いた。 だが慎重な性格の絵麻は、あせらなかった。 すべてはちゃんと大人になってからだ。 ずっと泰河が好きで、両思いになったときは飛び上がるほど嬉しかった。 だからこそ、二人で幸せを掴むために、よく考えて行動しなくては。 パッと燃え上がって、仲を裂かれてしまうのが、一番こわかった。


 泰河は五月病にもならず、順調に通学した。 素子によると、理工学部のキャンパスは広くて樹木が多く、すてきな雰囲気だったそうだ。
「表の明るいところで、緑色のインコが騒いでいたわよ。 裏の林には行かないんだって。 意外に都会派ね」
 入学式に行きたかった絵麻は、興味ないふりをしていたが、実際は母の話をしっかり聞いていた。
 バイトで鍛えられたおかげで人付き合いのうまい泰河は、入学式の日にもう友達を作り、要領よく大学の情報を仕入れていた。 携帯にずらっと新顔の名前が並んでいたものの、すべて男で、絵麻は内心ほっとした。
「美人いた?」
「さあな」
「男子って入学式でそういうの見るんじゃないの?」
「オレはもう予約済みだから」
 電車の昇降口近くに立って、二人は小声で話を交わしていた。 目立たないように、そっと下で指をからませながら。







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