表紙

 空の魔法 37 これで上等



 ふたりはもう五分ほど話し合い、年内に合格して暇になった泰河が、いい語学学校を探すことに決まった。
「まずオレが通ってみて、よかったら絵麻に推薦するって形にしよう。 まず素子おばさんに話すか。 そうすれば、陰でこそこそしてるなんて言われなくてすむ」
「それ、いい」
 絵麻はすっかりうきうきしていた。 少しでも泰河と長く一緒にいたいのだ。 これまで他の誰にも、こんな気持ちになったことはなかった。


 その年の冬休み、絵麻は今までで一番楽しい日々を送った。 いろんな付き合いで三回もクリスマスパーティーに行ったし、親たちともあちこち出かけた。 そして三が日が過ぎた新しい年の五日には、なんと泰河とデートすることができた。
 デートといっても、ムードあるレストランで食事とか某ガーデンプレイスで半日遊ぶとか、そんな華々しいものではなく、絵麻の先輩の姉が劇団に所属していてチケットを買ってもらえたら嬉しいと言われたので、協力しただけの話だった。 でも絵麻がバルコニーでの短い逢瀬の中で、二千円のチケットを二枚買って小遣いがきびしい、と話したら、泰河が、それじゃ一枚買っちゃる、と言い出し、ついでのようにこう付け加えた。
「なんなら一緒に行く?」
 絵麻は思わず、柵越しに伸びあがってしまった。 彼の低い声を聞き間違えたかと思った。
「え? 行けるの?」
「まあな」
 泰河はポケットを探って、よれよれの千円札を二枚引っ張り出し、柵の隙間から絵麻に手渡した。
「この休みはバイトなしにしたんだ。 珍しく勉強したから、頭疲れちゃって。 だから暇なんだよ。 遊びなれてないっつーか」
「芝居、面白いかどうかわからないよ」
 言わずもがなのことを口走ってしまい、絵麻は自分の頭を叩きたくなった。 すると泰河は気にする様子もなく、あっさり答えた。
「たいていそんなもんだよな。 オレもバイト仲間に頼まれて大道具運びしてやったことあるけど、稽古の段階から見て、ダメだこりゃって」
「そんなにつまらなかった?」
「始まって三分で寝るレベル」
「カップラーメンかウルトラマン?」
 ふたりは声を潜めてくすくす笑った。


 驚いたことに、芝居はアメリカのミュージカルを翻訳したもので、演技は素人っぽかったが歌は水準以上。 しかも知っているメロディが二つばかりあって、けっこう楽しめた。 最終幕にはアンコールまであった。
 券を買った絵麻の友達は、義理堅くほとんど来ていた。 やはり先輩の姉だから、顔を出したほうがいいと思ったのだろう。 仲間同士で来ているのが多かったが、中には男友達と腕を組んでいる子もいた。
 泰河は彼女らに、明らかに注目された。 絵麻が従兄だと紹介すると、急に女っぽい仕草をする子まで現れた。 泰河は軽く挨拶しただけで、少女たちには関心を示さず、帰りに食うなら牛丼がいい、と絵麻に言った。 雑な兄さんを演じている、と悟った絵麻は、オムライスと牛丼と両方注文できる店ってある? と訊き返して、オムライスってガキかよ、といううんざりした返事をもらった。
 泰河がさっさと出口のほうへ行くのを見送った友達の一人が、残念そうに言った。
「かっこいいのにね。 いばってるね〜」








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