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 空の魔法 36 安全デート



 母に話してしまったからには、父にすぐ伝わるのは当然だった。 その日も早めに帰宅した昇は、素子の話にとまどいながらも、まんざらではない表情を見せた。
「へえ、うまくやったな。 よく調べたんだろうな、出題傾向とか」
「現実的よね、泰河くんは。 実用的っていうのかな。 役に立つタイプよ」
 そう言いながら、素子は首をかしげた。
「そこのところでも、蔵人さんとは違う。 ほんと似てない親子よね」
 一緒に手巻き寿司を食べていた絵麻は、声を大にして泰河の宣伝をしたい気持ちを、懸命にこらえていた。 彼の肩を持てば持つほど逆効果になる。 つきあっていることだけは、絶対に父に知られてはいけなかった。
「まあ、私立でも充分通える金ができたわけだし、いい大学へ入れてよかったよ。 いちおううちの一族だから、経歴がいいほうがゴシップネタにならないですむ。 それに、大卒だと初任給で二万は違うからな」
「そんなに」
 素子は眉を寄せた。 それからふと思い出して、にこっと笑った。
「泰河くんね、部屋をきれいに使ってるみたいよ。 先週にハウスクリーニング頼んでたの。 そうか、あれは受験が一段落ついたから、それでさっぱりしようと思って頼んだのね。 で、二人がかりで来た係の人が、どこもよく掃除されててやる事がなくて困りました〜なんて言ってたのよ」
「泰河は掃除のバイトもしてたから」
 我慢できなくなって、絵麻が口を挟んだ。 彼のは大きな重い業務用掃除機を引き回す事務所クリーニングが主だったが、掃除は掃除だ。
 昇はゆっくりと醤油さしをテーブルに置いた。 表情がどこか険しくなって、鋭い視線が絵麻を射た。
「じゃ、なんでクリーニングを外注したんだ?」
 絵麻は困った。 訊かれても、泰河の考えまではわからない。
「さあ、キッチンの油汚れとか、面倒だからじゃない?」
「あいつ自炊してるのか?」
「さあ……」
 泰河はいろんなことを話してくれるが、食事の話はしない。 というより、ほとんど興味を持っていないので、ときどき絵麻が無理に下へ連れて行って、野菜料理など食べさせていた。
 絵麻が詳しく知らないのを、いい傾向と受け取ったらしい。 昇の表情がゆるんだ。
「親父の部屋を汚していないのは感心だ。 変な友達を連れ込んだりもしてないし」
 どうしてわかるの? と訊きかけて、絵麻はしらけた気持ちになった。 そうだ、監視カメラを忘れていた。


 その夜、星のまたたくバルコニーで、絵麻は両親に泰河の合格を伝えたことを話した。 すると泰河は、むしろ絵麻の口が固いのに驚いたと言った。
「とっくにばれてると思ったよ。 でもさっき宅配が来てボックスに置いてったから取りに行ったら、昇おじさんからの合格祝いだった。 だから、いろんな意味でびっくりした」
「四月まで知られたくなかった?」
 絵麻がおっかなびっくり訊くと、泰河は低く笑った。
「そこまで考えてなかったな」
「ほら、入学式に行って、お父さんに写メ送って見せびらかしてやるとか」
 泰河は本格的に吹いた。
「そんな面倒くせーことしないよ。 絵麻ならやるのか?」
「うーん、やるかも。 だって大学なんて無理だみたいなこと、言い通しだったよ」
「ふつうそう思うよ」
 泰河はさめていた。
「オレだってそう思ったもん。 だから入れて、たぶんフツーのやつの倍は嬉しい」
 柵から伸びてきた大きな手が、絵麻の頬を軽くつまんだ。
「聞いたんだけど、理科系プラス語学力だと最強なんだと。 でさ、英語って一人でやったらモロ暗いじゃん。 だから、二人で、どっかの語学学校に通わん?」
 うわ、最高!
 絵麻は泰河の手を掴み、ぐっと引っ張って自分の肩に巻きつけた。
「行く行く! ぜったい行く!」








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