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空の魔法
31 求めるもの
絵麻は、すっきりした気持ちで自宅に帰った。 そして母に、初美が普段着で、ホットケーキを作っていたことを話した。
「もう冷蔵庫の中に入ってる物が信用できなくなったんだって。 だから自分で作って、これから二人で食べるって」
「そうよね、それが安心だわね」
素子は慎重に賛成した。 ただし、初美が本当に子供の面倒を見る気になったかどうかは、まだあまり信用していないようだった。
「すぐ飽きるんじゃない? あんなに遊び暮らしてたんだもの」
「遊びだってきっと飽きるよ。 毎日じゃ」
「そうね、ちょっと意地悪なこと言っちゃった」
素子はにやっと笑って立ち上がり、絵麻に訊いた。
「それで絵麻っちは何食べたい? 牛乳かんとチーズケーキ作っといたけど」
たちまち絵麻は目を輝かせた。 母の牛乳かんは豪華果物入りだし、チーズケーキは父が来客に出したがるほどおいしいのだ。
「どっちも半分ずつ!」
「じゃ私達もお隣みたいに、二人で半分こしよう」
母子はいそいそと冷蔵庫にむらがり、手際よく分担しておやつを切り分け、皿に載せた。
それからしばらく、日々はおだやかに過ぎていった。
泰河は予備校には直接通わず、パソコンを使う通信制に申し込んで、バイトを週末だけにして取り組んでいた。
「普通と逆だ」
十月の末、父が東北の支社に出張して金・土の二日間留守になったので、久しぶりに泰河と屋上に上った絵麻が、ちょっと文句をつけた。 週末の一日ぐらい、ゆっくりと一緒にいたかったのに、下の店で昼食を終えて上に来て間もなく、しまった、バイトの約束を忘れてた、と言い出したのだ。
「何それ? 私とバイトとダブルブッキング?」
「わるい、ほんと」
泰河はますます広くなった肩をすぼめて詫びた。 本当に申し訳なさそうだった。 でも絵麻はそう簡単に許さなかった。
「ふつうカノジョのほうを取らない? バイト優先って、あのね」
「ここだけは外せないんだ。 優良物件で」
「不動産みたいだ」
泰河はすぐには答えず、ふくれて横を向いた絵麻をしばらく見つめていた。 それから三歩で近寄ると、いきなり抱きかかえて激しく唇を重ねた。
絵麻はすぐぼんやりとなった。 泰河の腕の中にいると心地いい。 すべてから守られている気持ちになれる。 同じ学校の男子たちが、上級生でもどこか頼りなく見えるのに、泰河はまるでちがう。
やがて彼が離れた。 無理やり体をもぎ離すような仕草で、一歩二歩と後ずさりした後、不意に身をひるがえして階段を駆け下りていった。
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