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空の魔法
29 お見舞いに
翌日の昼前、文哉は母の初美に連れられて戻ってきた。 自分の足でちゃんと歩いていたし、顔色も昨日とはみちがえるほど明るかった。
たまたま学校の創立記念日だったので、絵麻は休みだった。 そして昇も、今日は遅く行くと会社に連絡を入れて家にいた。 玄関扉が防音になっていて、外の気配はわかりにくいのだが、昇が何回もインターホンのカメラを見て、とうとう二人が連れ立って帰ってくるのを見つけ、出迎えに行った。
父が初美と話があると言ったため、素子と絵麻は出るのを遠慮した。 父は四十分ほど留守にしていて、帰宅したときはすっきりした顔になっていた。
「穂高さんはクビにしたよ」
開口一番、昇はそう言った。 素子は当然だという表情でうなずいた。 でも絵麻は少し心配になった。
「当たり前だとは思うけど、あの年でいきなりクビになったら困るだろうな」
すると両親はどちらも笑顔に変わった。 そして父が手を伸ばしてきて、絵麻の額をチョコンと突いた。
「やっぱり大人になった。 思いやりは大切だよな。 大丈夫だよ、彼女は谷中〔やなか〕に住んでるんだが、その近くの営業所に勤めてもらうことにした。 合併した企業の暇な子会社でね、さっき電話で持ちかけたら二つ返事で引き受けてくれたよ」
リベートを払って穂高を押し付けたということらしい。 きっと彼女の給料も昇のポケットから出るのだろう。 絵麻はほっとすると同時に、父の会社が業績アップしていてよかったと密かに思った。 前はもっといらいらしていて、人の面倒を見る余裕などない感じだった。
用事を済ませた昇は、家族との昼食を楽しんだ後、午後から出勤していった。 そこで絵麻は下の階へ行って、玩具店でいろいろ見てまわったあげく、あまり多くない小遣いと相談して、ラキューの入門セットを買って上に戻った。
おもちゃの包みをかかえて檜家のチャイムを鳴らすと、すぐに初美が出てきた。 いつも外出用に隙なく化粧している顔しか見たことがなかったため、久しぶりにすっぴんを目にして、絵麻はとまどった。
「あの、こんにちは。 文哉ちゃんのお見舞いに来ました」
初美のほうも当惑を隠せない様子だったが、いつもよりやわらかい口調で挨拶を返した。
「ありがとう。 どうぞ入って」
文哉はリビングにいた。 初美がたまに遊び友達を連れてくるので、年に一、二度、流行の先端に模様替えしている。 今は北欧調にしていて、白い木の家具が並び、マリメッコの素朴な花柄がカーテンやクッションとなって、あちこちに置かれていた。
そんな中、文哉はただおとなしくソファーの片隅に腰掛け、マグで何か飲んでいた。 そして、絵麻に気づいたとたん、ソファーから降りて立ち、息切れしたような声で挨拶した。
「こんにちは」
「おじゃまします。 疲れるから座って。 ね?」
絵麻は大きな笑顔になって文哉の横に座り、包みを差し出した。
「外に行けないから退屈でしょう? これ、面白そうだったんだ。 でも、もう持ってるかな?」
文哉はえらく真面目な表情になって、包みを受け取り、小声で言った。
「ありがとう……ございます」
ございます? この子は言葉遣いがていねいすぎる。 絵麻は、いったい誰がまだ五歳の子供にこんな挨拶を教えこんだのだろうと思った。
初美はリビングに入ってこなかった。 それも不思議だ。 この家は妙なことばかりだ、と絵麻が考えていると、文哉はゆっくりゆっくりと包み紙を開いて、ふたを開けた。
彼は黙って、箱の中身を見つめ続けていた。 それで絵麻は心配になった。
「気に入らない? 絵本のほうがよかったかな。 取り替えてくる?」
男の子は無言のまま首を振り、ケースのふたを開けてピースに指を触れた。 それから、おそるおそるといった口調で尋ねた。
「これみんな、僕の?」
「えっ?」
絵麻は思わず小声で叫んだ。 叫ばずにはいられなかった。
「うん、そうよ。 全部文哉ちゃんの」
すると文哉はピースの束を一つずつ出して並べた。 小さめのセットだが、それでも大きなテーブルの四分の一ほどがふさがった。 彼は順番に手を触れていき、感きわまったように囁いた。
「いろんなもの、いっぱい作れるね」
何なんだ、これは! 絵麻は目頭が熱くなった。 文哉は、この年頃の子ならたぶんみんな持っているだろう組み立て玩具さえ、今まで買ってもらえなかったのだ。
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