表紙

 空の魔法 24 意外な遺産



 この突然死で、泰河と八月末にどこかへ行く話は流れてしまった。 父親の喪に服さなければならないから当然だが、絵麻はがっかりした。
 その代償ということにはならないにしても、月末に蔵人の遺品を整理していて、意外なことがわかった。 彼は某銀行の貸金庫を借りて、そこに大量の預金・貯金通帳を保管していたのだ。 一つ一つはすごい大金というほどではなかったが、全部集めると軽く四億を越えていた。
 管理の厳しい銀行で、すぐに内容が確認できたのは、やはり昇の地位のおかげだった。 会社のメインバンクではなくても、夏瀬の影響力はそれなりにある。 蔵人はまだ四十代で、遺書など書いていなかったから、遺産は法律にのっとって、妻に二分の一、息子達に四分の一ずつ相続されることになった。
 並みのルポライターにすぎない蔵人がどうしてこんな大金を貯めていたか、について、役所は別に何も言ってこなかった。 妻の初美が大富豪なのは知られていたし、息子たちはまだ未成年で、全員がナツセ・ビルで楽な暮らしをしている。 泰河も金持ち息子とは思えないまじめさで、警察に目を付けられたことは一度もない。 だから遺産が多額だったからといって、改めて蔵人の事故死が調べなおされることにもならなかった。


 もうじき学校が始まる九月初め、夜のバルコニーで、絵麻と泰河はまた柵越しに手を握り合って内緒話をしていた。 いくら広い住処とはいえ、大きな声を出すと絵麻の両親に気づかれる。 泰河とはできるだけ親しくするなと言われているから、外では逢わないように用心していて、親しく話せるのはバルコニーとベランダの隙間にある柵の近くだけだった。 だからこの小さな隠れ場所を失いたくなかった。
 泰河は絵麻の細い指と自分の長い指を組み合わせながら、ぼそぼそと語った。
「おれと文哉の取り分は、相続税を払ってもそれぞれ一億円ちょっと残るんだって。 教育費には充分すぎるほどだよな」
 そこで彼の声は苦くなった。
「金額を倍にしてやるからアメリカにでも留学しないかって言われた」
 絵麻はぎょっとなった。
「初美さんに?」
「そう。 即、断ったけど」
「だよね」
 胸をなでおろし、絵麻は泰河に微笑みかけた。
「そんなこと言ったって無駄なのに」
「テキもわかってるんだ。 ダメもとで言うんだよ」
「いやがらせ?」
 泰河はすぐには答えず、首をかしげるようにして少し考えていたが、やがて改まった口調で呟いた。
「あの人も必死なんだと思う」
 この奇妙な返事の意味は、ずっと後になるまで絵麻にはわからなかった。 だから記憶にこびりついて残った。







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