表紙

 空の魔法 22 遺体で発見



 普段は悟りのいい絵麻だが、このときは父の言葉の意味がよくわからなかった。 山の麓で発見? 道に迷っていたのだろうか?
 だが突然、ドーンという衝撃が頭を打った。 あまりショックだったので、本当に殴られたような気がしたほどだ。
「え? 蔵人おじさん……もしかして……?」
「死んだんだ」
 父は重苦しい口調で答えた。
「お母さんにはすぐ知らせた。 だから隣へ慰めに行ってると思う。 さっき僕が電話したら、初美はすっかり取り乱して、現場へ行くどころじゃなかったから」
 現場……。 携帯を握りしめる絵麻の手が、じっとりと湿った。
「現場って?」
「事故現場だ。 警察はそう言ってた」
 ああ……。 絵麻はすこしホッとした。 事故なら、不幸な出来事だがしかたがない。 でも、事件だったら大変だ。
 え? 私なんで事件だなんて思ったんだろう。
 絵麻は奇妙な感覚に囚われた。
「山から落ちた?」
「うん、まだはっきりしたことはわからないが、散歩してくると言ってホテルを出たらしい。 なにせ日光だろう? 有名な観光地だから、どこを歩いていても不思議じゃない」
「お父さんも気をつけてね」
 すると、昇が低く苦笑するのが聞こえた。
「大丈夫だよ。 事故の後始末に行くんだ。 酒飲む気はないし、もちろん観光もしない」
「うん。 でも心配なの。 なんか嫌な予感がする」
 父は言葉に詰まり、低く咳払いした。 彼がやりきれない気持ちでいるのは、絵麻にもよくわかった。
「あの男には嫌な思いをさせられっぱなしだよ。 初美はなんであんな男に引っかかったんだか」
 不快なあまり、昇はまだ十五歳の娘と話しているのだということを忘れていた。 でも絵麻だって、引っかかるぐらいの意味は知っていた。
「蔵人おじさんハンサムだもの。 話もうまいし」
 いや、うまかったんだ。 もう彼は二度と話せない。 そして法律的には、泰河と夏瀬家との絆も切れた。 そう気づいたとき、絵麻は蔵人の死を聞いたときには感じなかった深い悲しみに襲われた。


 父は泰河にも知らせたと言った。 当面、絵麻にできることは何もない。 電話を切ってぼんやりしていると、玄関の鍵が開く音がして、母が入ってきた。
「あ、おかえり絵麻。 今帰ったばっかり?」
 まだ制服のままだったから、そう訊かれた。 絵麻は小さく首を振り、リビングの椅子にゆつくり腰を落とした。
「蔵人おじさん、事故に遭ったって?」
 母はすぐ表情を引き締め、そそくさと自分もリビングに入りながら話し出した。
「そうなの。 ポケットから携帯が見つかってね、向こうの警察が身元確認でかけてきたの」
「こんな暑いときだから、涼しそうな中禅寺湖へ行ったのかな」
 素子は娘の横に座り、声を落とした。
「それが、行ったのはだいぶ前だったみたいで、遺体はもう傷んでたって」
 絵麻は反射的に目をつぶった。 もうマンゴープリンを食べる気分ではなくなった。 そしてようやく、蔵人が気の毒だと素直に思えた。 彼はいつもおしゃれで、身だしなみに気をつかっていたのだ。 それなのにしばらく誰にも発見されず、腐乱死体で見つかるなんて。




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