表紙

 空の魔法 20 試験の後は



「今度、うちにご飯食べに来ない?」
 絵麻がささやくと、泰河は皮肉な微笑みを浮かべて首を振った。
「おじさんもおばさんも嫌がる」
 そんなことはない、と言いたかったが、言い切れない自分に、絵麻はいらだった。
「親戚でご飯食べて何が悪いの? お母さんいつも作りすぎちゃうんだし。 文哉ちゃんも連れておいでよ」
「あいつは最近まともな物食ってるよ」
 泰河はまじめな表情になって言った。
「穂高さんに頼んだんだ。 文哉の体重が増えてきたら、あの人の好きな黒木星介〔くろき せいすけ〕のライブの切符取ってやるって」
「黒木星介って、歌手の?」
「そう、おばちゃん大ファンなの」
 似合わない。 絵麻は笑いそうになった。 黒木といえばまだ二十歳そこそこのきゃしゃな美青年だった。
 そのとき、また空が暗くなって大粒の雨が落ちてきた。 絵麻はここへ上がってきた目的を思い出して、泰河と階段のほうへ走りながら、プランターと花壇にあわてて目を走らせた。
「よかった、何も倒れてない」
 すると、泰河がさりげなく言った。
「さっき来たとき、あっちのがヨレってたから、屋根の下に移しといた」
 見ると確かにプランターのうち二つが、雨の直接かからないところに避難させられていた。 絵麻は嬉しくなって、泰河の首に抱きついた。
「ありがとー。 泰河大好き!」
 すると泰河は絵麻の腰に手をかけて持ち上げ、顔の高さを同じにして強くキスした。
「おれも絵麻大好き」
「私達、相性ばっちりだよね」
 絵麻は切なくなって呟いた。
「だのになんで、みんなだめ、だめって言うんだろ」
「そりゃ、いろいろ考えるさ。 財産目当てーとか、いい学校行けないバカなのに生意気ーとか」
 まるで他人事のように言いながら、泰河はゆっくり絵麻を下ろし、前髪についた水滴を指でぬぐった。
「でもおれ、あきらめない。 絵麻だけはあきらめない。 そのうち何かいいことが起きて、おれたちのこともうまく行くんじゃないかと信じてる」
 胸に明かりが灯った思いで、絵麻はうっとり泰河を見上げた。 学校にもハンサムな、かっこいい、気立てのいい男子はいる。 でも泰河は別次元だった。 彼はすてきなだけでなく、絵麻の心をよく知っていて、しかも頼もしかった。


 それからは期末試験の勉強をしなければならず、絵麻は放課後も学校に残って友達と出る範囲を探ったり、ある程度部屋で缶詰になってガリガリやったりで、泰河と逢う機会がなかった。 彼のほうも試験があるはずだ。 二人とも期末が終ったらメールでやりとりして、下のレストランで打ち上げ会をやろう──そう思うのが、その後二週間の唯一の楽しみになった。
 試験勉強には、いつもより熱を入れた。 泰河の言葉が心に残っていたせいもある。 いい学校行けないバカなんて、誰が言うんだ! と、ずっと腹が立って仕方がなかった。
 泰河の高校は確かに一流とはいえない工業高校だが、それには理由があった。 蔵人が、手に職をつけろと言ったのだ。 商業で簿記を習うか工業で溶接を教わるか、ともかく早く独り立ちして親に面倒かけるな、と、蔵人は絵麻たちの前でも平気で口にしていた。







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