表紙

 空の魔法 19 月曜日は雨



 翌日は雨の月曜日だった。 制服は濡れるし期末試験の科目発表はあるしで、絵麻はなんとなくむしゃくしゃしながら家に帰った。
 絵麻の家は代々あまり運動が得意ではなく、部活動にも熱心ではない。 だから絵麻もできれば帰宅部でいたかったが、やはりどこかへ入らないと肩身が狭いような気がして、料理クラブを選んだ。 活動日が週に一日だけで月曜日というのも、気に入った理由だった。
 ところが、いざ入ってみると、これが楽しかった。 なにしろお菓子ばっかり作っているのだ。 もともと母から料理好きを受け継いだ絵麻は、スフレやチーズケーキに夢中になり、気温が上がってからは水羊羹とういろうの作り方を習って、家でもやってみるほどはまっていた。
 それなのに、今日の部活は中止になってしまった。 一ヶ月前から校舎の改装工事をしているのだが、その工程で何か手違いがあったらしく、調理室の電源が入らないのだ。 コンロやオーブンは他の部屋にないため、電気がないとお手上げだ。 それで普段より早く帰宅する羽目になり、絵麻は機嫌が悪かった。


 ビルに帰り着いてエレベーターに乗ったときは、もう雨はほとんど止んでいた。 ただ、午前中は相当な降りだったので、絵麻は屋上の花が心配になり、鞄を家に置いて着替えると、すぐ出て階段を上がった。 母は買い物らしく、出かけていて留守だった。
 屋上の扉を開けて一歩踏み出して、絵麻は目をぱちくりさせた。 まだ霧雨が少し降っているのに、フェンスに寄りかかって泰河が電話で話していた。 やっぱり濡れるのは嫌なのか、パーカーのフードを被っている。 話の最中に体を回したので観察していると、携帯に覆いかぶさるような体勢で、額に皺を寄せ、真剣な表情だった。
「うん……うん……。 免許? 持ってる。 十八になってすぐ取った。 うちの学校は禁止じゃないから。 だから途中で代わることできる。 うん」
 そこで気配を感じたのか、泰河はさっと頭を上げた。 絵麻はすぐ笑顔で手を上げて挨拶した。 
 その瞬間、彼の顔が歪んだ。 それがひどく悲しげな表情に見えて、絵麻はぎょっとなり、遠慮を忘れて泰河に駆け寄った。
「どうしたの?」
 そう囁きかけると、泰河は横に首を振り、電話に告げた。
「人が来た。 うん、じゃ、そのときに」
 彼がそそくさと携帯をポケットにしまうのを見て、絵麻は後悔した。
「ごめん。 大事な用だった?」
 すると泰河は、ふしぎなほど優しい微笑を浮かべて、横に並んだ絵麻の肩を抱いた。
「いや、大事じゃない。 知り合いの引越しを手伝うって話。 ちゃんと料金払ってくれるって」
 バイトか〜。 絵麻は切なくなった。 お金持ってるのに、また稼ごうとしてる。
「運転、気をつけてね」
「はい、奥さま」
 わざとおどけて、泰河は絵麻の頭に顎を載せた。
「今日、部活じゃなかったっけ?」
 絵麻は彼の腕の中で目をつぶって、頭のてっぺんをぐりぐりする顎の感触を楽しんだ。
「うん、そう。 覚えててくれたんだ。 なんか部室が停電になっちゃってね」
「今の日本で雷雨でもないのに停電? 珍しいな」
「たぶん工事のせい」
「そっかー」
 話しながら、自然に顔が近づいた。 唇がそっと重なり、わずかに離れ、角度を変えてまた触れ合った。







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