表紙

 空の魔法 7 奇妙な忠告



 絵麻が半開きの玄関扉の間から見ていると、案の定、警官たちがエレベーターに乗ってドアが閉まった直後に、もう蔵人は笑顔を消し、妻の肩から手を離して、一人でぶらぶらと家の中へ戻っていった。 初美は夫についていく気配も見せず、つまらなそうな表情で立っていたが、やがて絵麻に気づいて急ぎ足で近づいてきた。
「絵麻ちゃん、変な叫び声って、なに? 絵麻ちゃんにも聞こえた?」
「ええ、一応」
 絵麻はやや他人行儀に答えた。 初美は兄嫁の素子を嫌っていて、普段は絵麻にもあまり話しかけてこない。 それがこんなに親しげにやってきたところを見ると、自宅に警官が来たのが相当ショックだったようだった。
 あたりをきょろきょろ見回しつつ、初美は話し続けた。 上品な顔立ちで、独身のころはナツセ総合開発の看板娘と言われたこともあったが、最近では眉間に皺が寄り、明るい日中にこうして近くで見ると肌荒れが目立つ。 まだ老ける年ではないので、生活が荒れているのだろうと、絵麻は密かに思った。
「さっき帰ってきたばっかりなのよ。 文哉はお昼寝してたみたいだし、泰河はうちにいなかったって言うし、蔵人が悲鳴なんか上げるわけないでしょう?」
 絵麻はうなずくしかなかった。 蔵人はどちらかというと騒がしい人間だが、陽気でにぎやかなことが好きで、ホラーなどまったく嫌いなタイプだった。
「お宅にも叫び声出す人なんていないわよね。 お巡りさんは女だか男だかわからない声だったって言ってたけど」
「すごく変な声。 高くなって低くなって、喉が詰まったような音もしてたし」
「お宅で聞いたの?」
「屋上」
「へえ」
 初美は考えこんだ。 居心地が悪くなった絵麻が、そろそろご飯だから、と言って玄関に引っこもうとしていると、初美が急に顔を上げて言った。
「泰河も屋上で聞いたって。 一緒にいたの?」
「泰河はベンチで居眠りしてた。 それから二人で花に水をやって」
 本当のことなので、絵麻が淡々と答えると、初美は妙な目つきをくれて、声を低めて囁いた。
「ねえ絵麻ちゃん、確かに泰河は幼なじみだけど……、あの子のこと、あまり信用しないほうがいいわよ」
 そして、絵麻があっけに取られていると、なぜか横断歩道を渡るときのように左右をすばやく見回してから、初美は広い通路を通って自宅へ飛んで行き、半分開いたままだったドアを閉めた。 オートロックのカチッという音が、無機質に響いた。








表紙 目次 文頭 前頁 次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送