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空の魔法
6 通報された
家でじっとしているのは、中途半端に不安だった。 泰河から電話があるかと携帯をベッドに載せて置いたが、呼び出し音は鳴らない。 何も言ってこないのは文哉が無事な証拠だと、自分に言い聞かせるしかなかった。
落ち着かず、自分の部屋の窓辺に立って、薄暗くなってきた外を眺めていると、賑やかな通りをパトカーが二台走ってくるのが見えた。 なんとなく嫌な予感がして、絵麻は窓を開けて身を乗り出して見下ろした。 とたんに街の騒音がなまなましく入ってきて、活気が絵麻を取り巻いた。
絵麻の嫌な予感は当たった。 パトカーはナツセ・ビルの正面に堂々と止まり、中から人が降りてきた。 下の階に張り出しがあって、正面玄関の入り口は上から見えないので、どんな格好をした警察官が何人来たかはわからない。 絵麻はじりじりしながらパトカーの屋根をにらみつけた。
さっきの不気味な悲鳴を聞いた誰かが、警察に通報したようだ。 きっと大げさに騒いだのだろう。 妙なスキャンダルになったらナツセ・グループ全体の迷惑だ。 せめて覆面パトカーで目立たないように来てくれればよかったのに、と絵麻は思わずにはいられなかった。
二分もしないうちに、彼らは最上階に現れた。 絵麻たちの区画に来てインターホンを押したのは、三十代ぐらいののんびりした顔立ちの男と、きりっとした表情の二十代らしい女だった。 二人はどちらもいわゆるおまわりさんの制服を着ていた。
インターホンに応じた素子に、男のほうが丁重な口調で、大きな悲鳴が聞こえて、この階のようだったと告げた。
「複数の通報がありまして、ご迷惑かと思いますが一応調べさせていただけるとありがたいんですが」
「はい、わかりました」
素子はすぐドアを開けた。 疑われているようで面白くはないが、こんなとき押し問答などしていると、あやしいのではないかと思われてろくなことにならない。
二人の警官は玄関の三和土〔たたき〕まで入ってきただけで、立ったまま悲鳴が上がったときの状況を訊いた。 素子と絵麻は並んで問いに答え、夫で父である昇は仕事でまだ帰宅していないと告げた。 時刻はまだ夕方の六時半になっていないので、これはふつう当り前だった。
「他にご家族は?」
「おりません。 夫婦と子供の三人です。 今日はお客様も見えていませんし」
「わかりました。 お忙しいところ失礼しました」
いかにも平和な夏瀬家のたたずまいに、二人はそこで質問を打ち切って帰っていった。
送り出した絵麻が通路を見渡すと、檜家からも警官が二人出てくるのが見えた。警官はどちらも男だった。 檜の玄関からは珍しく、初美と夫の蔵人が並んで姿を見せ、蔵人のほうは気さくに警官の一人に笑顔を見せて言った。
「お勤めご苦労さんです」
蔵人の笑顔を目にしたとき、絵麻はふと思い出した。 亡き祖父が、子供たちがそばにいないと思って息子の昇に、吐き出すように言った一言を。
「檜蔵人という男は、外面だけはいいんだ。 もうちょっと初美を大事にしないと、わしにも考えがあることをわからせてやらんとな」
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