表紙

 空の魔法 4 聞こえた物



 水を気持ちよさそうに飲み干した後、泰河は絵麻を安心させた。
「文哉にはおやつ作っといたから。 ホットケーキとガリガリくん」
 妙な取り合わせに、絵麻は笑った。
「なんか楽しいね」
「あいつ最近、おれの部屋で寝てるんだ」
 思わぬ発言だった。 絵麻の笑顔が引っ込んだ。
「そうなの?」
「うん。 一人っきりの子供部屋じゃ寂しいって」
 確かにそうだ。 生まれてから中学まで親と川の字になって寝ていた絵麻は、五歳で独りぼっちにされている文哉が気の毒でならなかった。 彼に泰河という兄貴がいて、本当によかった。
「私なんか、今でもときどきお母さんと一つベッドで昼寝するよ」
 ふっと泰河の頬に優しい笑みが浮かんだ。
「いいんじゃね? おれも夏に母ちゃんと座布団で昼寝してた記憶があるよ。 文哉とは一緒には寝てないけどな。 おれんとこ、ときどき友達が泊まるから、引き出し式ベッドになってるんだ。 知ってる? ベッドの下にもう一つベッドが入ってて、要るとき引っ張り出すってやつ」
「ああ、コマーシャルで見たことある」
 話しているうちに、まずティラミスが来た。 急ぐわけではないので、絵麻は泰河にピザが運ばれてくるまで食べるのを待って、たわいない話を続けた。
 二人は、会うといつもこんなふうだった。 次々と話題を拾って、いつまでも話し続けていられる。 気づまりというものがなく、いつもくつろいでいられた。


 やがてティナと共に現れたピザを、泰河はあっという間に食べ終わり、ティラミスをのんびり口に運んでいた絵麻を逆に待つ形になった。 それから二人はまた連れ立って、のんびり屋上に戻っていった。
 太陽はだいぶ傾いていたが、まだ空は明るかった。 オレンジ色の光に包まれて、絵麻は咲き終わったナデシコの花がらを摘み、泰河は花にやる水を二つの如雨露〔じょうろ〕に汲んできた。 もう四日間雨が降っていない。屋上は日当たり抜群なので、水やりは大切な仕事だった。
「ほんとは朝やると一番いいんだけどね。 朝は学校の支度で忙しいから」
「夏に向けて何作る?」
「そうだなあ。 やっぱヒマワリとか?」
「アサガオ。 よく伸びるやつ。 日よけにもなるしさ」
「じゃフェンス作ってくれる? 組み立て式の買ってくるから」
「よおし。 じゃ、場所決めて……」
 そう言いながら泰河が手入れの行き届いた屋上庭園を見回したそのとき、異様な音が響き渡った。
 背筋が凍るような音だった。 たぶん悲鳴……いや、悲鳴にちがいない。 しかし人間の出す声とは思えなかった。 突拍子もない高さから始まり、やがて震えを帯びて下がっていくと、ごろごろという喘ぎが加わって、そこからまた悲鳴に戻った。
 気がつくと、絵麻は横にいた泰河の手を握りしめていた。 指先が細かく震えていた。 あまりの不気味さに、自分より大きくて強いものに頼らなくてはいられなかったのだ。







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