表紙

 空の魔法 3 空虚な家庭



泰河は檜蔵人の息子だが、夏瀬家とは血縁がない。 蔵人の最初の妻だった菜穂〔なほ〕の子だからだ。 菜穂は交通事故で亡くなり、蔵人は絵麻の叔母にあたる初美と再婚した。
『イルマーレ』という名前のレストランに入ると、顔なじみの店員が二人に手を振った。 店の名はイタリア風だが、その店員はスペイン人とのハーフでティナといい、派手な目鼻立ちが印象的だった。
「いらっしゃい。 もう夜ごはん?」
「おれはね。 絵麻はクリームティラミスいっちょ。 こっちは」
「ピザ?」
 ティナはたった二品なのにメモしながらウィンクしてきた。
「そう、ベーコンとマッシュルームがいいな」
「はい」
 ティナが元気に去った後、絵麻は改めて訊いた。
「ピザで晩御飯?」
「そう。 初美ちゃんダイエット中でさ」
 とたんに絵麻は心配になった。
「文哉〔ふみや〕くん大丈夫?」
 文哉とは初美と蔵人の子で、六月に五歳になる。 二年保育で近くの上等な幼稚園へ通わせていたが、初美はレクサスCTで送り迎えするだけで、日常の世話は穂高〔ほだか〕というベビーシッターが主にやっていた。 しかし穂高はたしか昨日から、法事で四国の実家へ帰っているはずだ。 なぜ絵麻がそれを知っているかというと、昨日の午後におなかをすかせた文哉が夏瀬家を訪ねてきたからだ。 文哉はおとなしい遠慮がちな子供で、それまで一人で隣家に来たことはほとんどなかった。
 絵麻は学校に行っていて、母の素子が応対に出た。 すると文哉は、朝から何も食べていなくてお腹がすいたから、カップラーメンもらえませんか? と言ったのだった。
 素子はすぐ文哉を招きいれ、彼の好きな玉子サンドを作った。 内心カンカンに怒っていたものの、子供の前では穏やかにふるまった。
「風邪ぎみで熱があったから、幼稚園休ませたんだそうよ。 それはいいとして、おかゆのひとつも食べさせないで出かけちゃうって、どういうこと? もう熱は下がってたけど、青い顔してるのに」
 四時に帰ってきた娘に、素子はうっぷんをぶちまけた。 子供好きで三人は産みたいと希望していたのに絵麻一人だった素子は、小さな子がいるにもかかわらずやたら出歩きたがる隣の親戚夫婦が好きではなかった。
「それで文哉ちゃんは?」
 絵麻がきょろきょろリビングを見回すと、素子は残念そうに答えた。
「食べ終わったらちゃんとお礼言って、すぐ帰っちゃったの。 どうやら初美さんに、勝手にうちへ来たらいけないと言われてるみたいね」
 まだ五歳にもなっていない子が、そんなに気を遣って……。 絵麻はなんだか切なくなった。
「文哉ちゃんほんとにかわいい子なんだ。 屋上に出てくると元気に遊ぶのよ。 泰河によくなついてて」
 素子はフッと鼻息を立てた。
「泰河くんがしつけてるんじゃないの? 蔵人さんほとんど家にいないから、泰河くんが父親代わりだ」
 そうかもしれない、と絵麻も思った。 泰河は高校に入ってすぐアルバイトを始めていて、父親よりずっと社会性がある感じだった。







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