表紙

春雷 89


 山手通りに乗ったとき、三咲の携帯電話が鳴った。 かけてきたのは母親だった。
「テレビのニュースでやってるわよ! いったい何があったの? 知ってる?
 死んだの、あの大倉くんでしょ? そして、大怪我したって言ってるのは」
「ええ、田上さんよ」
 三咲はかすれた声で返事した。
「今車に乗せてもらって、家に帰る途中。 戻ったら話す」
「大丈夫なの?」
 答えが一拍遅れた。
「……うん。 心配しないで」

 ナビを参考に、小野寺は素早く車を動かしていった。
「創ちゃんはね、也中口方面の地方紙を局留めで送ってもらって、ずっとチェックしてた。 身元不明の水死体が上がったらすぐ調べさせて、もし中里くん本人なら動かぬ証拠だから、すぐ告発する用意をしてたの。 でも残念なことに、遺体はずっと見つからないまま。
 だから毎年七月に、その写真のコピーと脅迫状を入れた封筒を送っていたのよ。 あいつに忘れさせないように、そしてあなたに近寄らせないようにね。
 こっちの居場所を隠すために、いろんな所から投函したわ。 私も何回か手伝っちゃった」
 信号待ちの間、小野寺はバッグからガムを出して口に放り込んだ。 銀のラインストーンで飾った爪がきらりと光った。
「可哀想だったわよ。 だって、このやり方だと、あなたに会いに行けないんだもの。 生きてるのがばれて、大倉に伝わったらヤバイでしょ?」
 また三咲の眼に涙があふれ出した。 一度泣くと後から後から出てくる。 ふがいないと自分を叱ったが、止められなかった。
「でも、雷雨の夜に偶然出会っちゃってさ。 やっぱり雷だ、雷が会わせてくれたって、創ちゃんすごい興奮してた。
 花屋に注文するんだって、危ないから止めろと私言ったのよ。 でもね、あの嬉しそうな顔を見るとね」
「会わなければよかったって思います?」
 弱々しく、三咲は尋ね返した。
「私がまた彼の生活に入りこまなければよかったって?」
 一分ほど、小野寺は前を見つめたまま運転していた。
 それから、唇の端を曲げて、ちょい不良ぎみに言った。
「そんなこたーないわ。 運命だよ」




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