表紙

春雷 88


 傍で聞き耳を立てていた吉峰たちにも事情はわかったらしい。 刑事二人が事情聴取を済ませて去ると、すぐに近づいてきて、声を落として尋ねた。
「喧嘩を仕掛けてきた相手、山西さんのお知り合いですか?」
 三咲はぎこちなく答えた。
「高校の同級生です。 卒業してからずっと会ってなくて、ほんとに久しぶりで顔を合わせた人なんです。 彼は別の同級生の子とずっと付き合っていたんですけど」
「はあ……」
 なんだかよくわからない、という顔つきで、吉峰は首をひねった。 小野寺が横から言った。
「原因は妄想よ、妄想。 ストーカーって言うのかな。 最近そういう男、多いじゃない?」
「はあ」
 田上ビル関係者たちの視線が厳しくなってきた。 まるで三咲が二股かけたんじゃないかと疑っているようで、次第に雰囲気が悪くなった。
 小野寺の手が、すばやく三咲の肘にすべりこんだ。
「疲れたでしょう? おうちまで送るわ。 車で来てるから」
「あ、でも」
 小さく逆らおうとする三咲の腕を、小野寺は優しく押えつけた。
「ここにいても何もできないのよ。 完全看護で、おまけにICUだもの。
 休んで元気つけて、明日来ましょう。 そのほうが何倍も創ちゃんのためよ」


 駐車場には、最新型のオープンカーが無造作に置かれていた。 さっと運転席に乗り込むと、小野寺は高いヒールを脱ぎ捨てて、踵の低いバックスキンの靴に履き替えた。
「ピンヒールがはさまっちゃったら大ごとだからね。 さあ、乗って」
 上の空で助手席に座った三咲は、車が外に出る緩やかな坂を登っている最中、張り詰めていた緊張の糸が切れて、突然涙にむせんでしまった。
 小野寺は何も言わなかった。 黙ってしばらく三咲を泣かせておき、三ブロックほど走ったところで、ようやく尋ねた。
「ね、あなたのおうちって、どこ?」




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