表紙

春雷 1


 沖縄の海は、岸からしばらく行くと不意にエメラルドグリーンに色を変え、世界有数の美しさを誇る珊瑚礁になると聞いた。
 だが三咲〔みさき〕の立っている浜からは、いつも通り灰色と藍色の入り混じった不規則な荒波が寄せては千切れ、白い飛沫を上げて後ずさりしていくのが見えるばかりだった。
 日本海にはいつもダークな陰影が混じっている、と三咲は思う。 小さな海なのに複雑だ。 心にのしかかってくる重さがある。
 それはそれで好きだが、南国のスカッと抜ける青さに憧れがあった。 いつかこの眼で見てみたい。 真っ白な砂を素足で踏みしめたい。 たとえば、ハネムーンとかに。

 ふと意識に上ってきたその言葉に、三咲は妙な気詰まりを感じて、素早く首を左右に振って周りを確かめた。
 いない。 久士〔ひさし〕のブレザー姿はどこにも見えなかった。 三咲はほっとした。 確かに彼は素敵だ。 勉強ができるし親切で、適度の茶目っ気もある。 おまけに町長の息子だし。
「だからってくっつけられたら迷惑だ」
 思ったよりはっきり声が出た。 自分の言葉を自分の耳で確かめて、よけい心が決まった。
「好きな相手は自分の意志で見つけるっと」
 胸を張って歩き出すと、足元でカランと鳴った。 ビールの空き缶を爪先で引っ掛けたのだった。
 そのままポンと蹴り飛ばして、浜に上げてある漁船の船腹に当てた。 派手な音を立てて、缶は斜め横に跳ね返った。

 船の陰で、何かが動いた。 その影は揺れながら立ち上がり、ズボンを叩いて砂を落とした。
 げっ……
 三咲は一歩後ずさりした。 それからもう一歩。
 誰かがいるなんて、思いもしなかった。 今日は六月にしては薄ら寒い。 ひとりでのんびりと下校途中、自転車屋の角にさりげなく寄りかかっている久士を遠くから目にして、あわてて下りてきた浜辺は、北西の風が吹き渡っているばかりのだたっ広い砂地に見えたのだが。

 男は立って船に片手をかけ、やや顔を斜めにして三咲を見た。 三咲も彼を見返した。

 なぜか視線を外せなかった。


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