表紙

春雷 2


 特に目立つ顔ではなかった。 並み以上の器量だが、明るいとは言えず、どこか寂しい翳りがあった。 ちょうど今三咲が眺め渡していた日本海のように。
 黙っていつまでも見つめあっているわけにもいかず、三咲のほうが先に口を切った。
「ごめん」
 男は眼をぱちぱちさせ、ジャンパーの裾を合わせてファスナーを半分ほど上げた。 シャーッという乾いた音がした。
「なんで?」
 問い返されて、三咲はたじろいだ。
「あの、さ、缶ぶつけちゃったから」
「ああ」
 こともなげに、相手は一言で片づけた。
「当たんなきゃいいんだよ」

 さりげない一言が、妙に心を掴むことがある。 三咲は一見冷たそうな顔をしたこの相手に、何か暖かいものを感じた。 それでなんだか気楽になり、ぴょんぴょんと二歩飛んで、彼の前に立った。
「旅行で来たの?」
 手に持っている大型のリュックでそう判断した。 ワンショルダーでひょいと肩に引っ掛けると、彼は答えた。
「近いけど、観光じゃない」
「ふうん。 じゃ何だろ」
「当ててみな」
 頬が持ち上がって、前歯が見えた。 カーブを描いた口元がきれいなので、笑顔全体が魅力的に感じられた。
歩き出した若者に、三咲も自然と並んで歩く形になった。
「ええと、転勤?」
「九十九パー当たり」
「?」
 三咲は首をかしげ、笑顔のままの男を見返した。
「渡り鳥、とも呼ばれてるんだ。 毎年だいたい同じ時期に戻ってきて一ヶ月ぐらいいるから」
 少し頭をひねって、三咲はようやく思い当たった。
「ああ! 旅興行の人ね」
「大当たり。 長栄一座の座員」
 そういえば、町役場の前にポスターが貼ってあったな、と、三咲はぼんやり思い出した。


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