表紙

春雷 86


 押えた声がざわざわと、エレベーターのある方角から近づいてきた。 吉峰が前に立っているので、そうやの会社関係の人々らしかった。
 まだつきっぱなしの赤ランプを見上げてから、吉峰はわざと小野寺を無視して、三咲に小声で問いかけた。
「何か変わったことは?」
 胸が一杯になっていたため、声を出せずに、三咲はゆっくり頭を横に振った。
 吉峰は表情を暗くして、連れてきた二人の男性の元に戻った。 吉峰より十歳から十五歳ほど年上の二人は、彼の話を聞きながらうなずいていたが、間もなく三咲の方へやってきた。
「失礼ですが、山西さんとおっしゃるんですね? わたしは田上ビルの総務課で桐谷〔きりたに〕といいます」
「江田です」
 それぞれが三咲に名刺を渡した。 目がちかちかして、三咲には細かい字が読み取れなかった。
「指に怪我をしているそうですが、もしかすると事故の現場におられたんですか?」
 とたんに小野寺が前に出て、三咲を庇った。
「今はそれどころじゃないんです。 田上くんが心配で」
「よくわかります。 でもこちらとしましては、社長に緊急報告しなくてはなりませんので」
 押し問答の最中に、プツッとランプが消えた。 すぐに気付いた吉峰がドアに駆けつけ、どっと周りも後に続いた。
 やがてドアが開き、青いマスクを外しながら執刀医が出てきた。 その様子を見たとたんにすくんでしまった三咲に代わり、小野寺が口早に尋ねた。
「田上くんは? 彼の様子は?」
 医者は、きびきびした口調で答えた。
「生命に別状ありません」
 安堵の声が、廊下に広がった。 だが小野寺はなおも迫った。
「重傷なんですか? どこがどう?」
 外科医は事務的に説明を始めた。
「左上腕部と左大腿部単純骨折。 左鎖骨骨折。 肋骨二本に軽い裂傷がありますが、これは大したことないです。 頭蓋内と内臓に損傷がなくて何よりでした」
 ずるっと三咲の膝が折れた。




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