表紙

春雷 84


 その直後、事件は起こった。
 そうやを見失った中里は、仕方なく立ち止まった。 夕方の景色があまりにも美しかったためだろう。 思いにふけりながら海を見下ろしていた。
 不意にドンと背中を突かれたとき、中里は何がなんだかわからなかったはずだ。 ただあっけに取られて、悲鳴を上げる余裕もなく、石のように落下していった。
 茫然となったのは、そうやも同じだった。 崖にたたずむ中里がポーズを取っているように見えて、いたずら心で連写にしたカメラが、殺人現場を撮ってしまったのだから。

「下を見て、墜ちたのを確認した後、犯人は急いで崖を上っていったそうよ。 
 創ちゃんは目の前が真っ赤になったって。 追いかけてそいつを捕まえようと思ったんだけど、崖の下から二人連れの男が上がってきて、犯人を連れていってしまったから、急いでまたお堂の後ろに身を隠すしかなかったんだって。 どうもその二人、心配した犯人の父親が差し向けた用心棒だったらしいの」
 三咲の全身が、細かく震え始めた。 そうやの怒りと苦しみが、津波のように頭上を覆い、三咲を過去へ引き戻した。
「……じゃ、中里さんがそうやの身代わりに……」
「そう。 人違いで殺されちゃったわけ」
 小野寺はずばりと言った。
「創ちゃんは暗くなるまであなたを待った。 でも会えなくて、頭の中がぐちゃぐちゃになったまま崖を下りた。
 駅近くの公衆電話から警察にかけたけど、バカないたずら電話はやめろって逆に怒鳴られたってさ。 あの立派な町長の息子さんが人を殺すなんてあり得ないって」
 ふうっと深く溜め息をつき、小野寺は話を続けた。
「その応対で、自分の方が危ないと気付いて、創ちゃんはすぐ電話ボックスを出たの。 そしたら、間もなくパトカーが来てしばらく捜し回っていたそうよ。 匿名で電話してよかった、名乗っていたら逆にこっちが罪に落とされるところだったって、創ちゃんは言ってたわ。
 今度はあなたが危ないって、彼はすぐ思いついた。 人を殺してまで自分のものにしようとしてるんだもの。 創ちゃんがいなくなったらすぐ強引に手を出してくるかもしれないって。
 だからあなたの家に行って、部屋にいるのを確かめてから、彼は隣町まで歩いてもう一度電話をかけたの。 番号を調べて、大倉の本家へね。
 芝居をするのはうまいから、声を変えて犯人を脅迫した。 それからすぐ列車に飛び乗って、お祖父さんに会いに行ったの。 行きたくなかったけど、身を守るにはそれしか手段がなかったわけよ。
 で、認知してもらって苗字を変えて、『松枝創』じゃなくなった。 これで自由に動けるようになったわけ。 犯人に顔を見られることさえなければね。
 その後、創ちゃんはずっと考えていたことを実行に移した。 犯人をあなたから永久に遠ざけておく作戦を」




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