表紙

春雷 82


 やはり十年前、三咲が浜辺で味わった予感は正しかった。 あの夕方、崖の上で事件が起き、人が死んだのだ!
 だが、それはいったい誰なのか?

 手帳には、その後何も記入していなかった。 数ページめくってみて、空欄がどこまでも続いているのを確かめてから、三咲は封筒を再び手に取って、中を見た。 そして、ポリ袋に入った数枚の写真を発見した。
 一枚目は、何のへんてつもない風景だった。
――よんしゅの崖の上だ――
 そうやと寄り添って眺めた静かな景色が、絵葉書のようにコンパクトに収まっていた。 懐かしいが、このためにわざわざ取っておいたのではないはずだ。 三咲はすぐ次の写真に移った。
 とたんに首筋を、恐怖の冷たい手が掴んだ。 風景はまったく同じ。 だが、ほぼ真ん中に『長栄』と白く染め抜いたはっぴを着た男の後ろ姿があり、右端に大倉が半分姿を見せていた。 両肘を曲げ、坂道を駆け上って、今にも男に飛びかかろうとしていた。
 自制心を失い、歯をむき出したその顔は、まさに悪鬼だった。

 三枚目では、もうはっぴ姿は消えていた。 大倉ひとりが崖の縁に立って、膝に手を置いて下を覗いている。 斜め後ろからわずかに見える口元は、残忍な笑いで歪んでいた。


 三咲はあえぎながら、壁に後頭部をもたせかけて目をつぶった。  横から写真を覗きこんで、小野寺が囁くように言った。
「これは決定的ね。 写真週刊誌のスクープショットみたい」
 瞼が重すぎて開かない。 小さく唇を震わせて、三咲はかすかに尋ねた。
「落とされた人……知ってますか?」
「うん、聞いた」
 小野寺は神妙な声になった。
「中里って子だって。 劇団仲間の」




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