表紙

春雷 77


 ウェイターの男性は、騒然としている通りを縫って三咲を誘導し、わざわざタクシーを呼んでくれた。 あわただしく乗り込みながら三咲が礼を言うと、彼は前髪をかき上げて慌てたように答えた。
「いやあ、田上さんは店長と仲良しで、僕たちにもよくしてくれるんですよ。 店長は今、東北へ出張してて留守なんで、僕にできることはやらないと」

 病院の入口近くには、明らかにマスコミとわかる小さな集団がたむろしていた。 三咲はできるだけさりげなくその横を通り過ぎ、急がないよう必死に自分を抑えながら受付に向かった。
 三咲が前に立つと、てきぱきした感じの女性が顔を上げた。
「はい?」
「あの、さっき車の事故で……」
 たまらなく息が切れて、三咲はいったん口をつぐんだ。 受付係は、眼鏡を押し上げるようにしてチラッとこちらを眺めた。 事務的だった目に好奇心が覗いた。
「はい」
「田上さんが入院したと聞いて」
「お友達ですか?」
 叫び出したくなったが、三咲は何とか自分を抑えた。
「婚約者です」
「まあ、それはご心配でしょう」
 たちまち相手はきびきびした様子になって、教えてくれた。
「現在緊急手術中です。 あのエレベーターで三階へ昇ってください。 308号室です」


 エレベーターの中で、何回も目まいが襲ってきた。 折れた指が鈍く痛み出していたが、それがかえって心の負担をいくらか軽くした。 そうやが苦しんでいるときに、自分だけ無傷なんて許されない。 彼と少しでも苦しみを分かち合いたかった。

 長い廊下を小走りに歩いていくと、赤いランプのついた手術室が見えてきた。 部屋の前にあるベンチには、見覚えのある青年が茶色のビジネスバッグを膝に置いて、うつむき加減に座っていた。 その横顔は暗くくすみ、照明を上から受けているためもあって、目の下に影が出て、くぼんで見えた。



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