表紙

春雷 75


 闘牛のように飛びついてきた相手を、そうやはとっさに横へ飛んで受け流した。 だが、大倉の目的はそうやを殴ることではなかった。
 矢のように素早く手を伸ばし、大倉はそうやのシャツの脇腹を掴んだ。 そして、ぐいぐい力を込めて、ひたすら道へ押し出していった。
 外で勝負をつけるのだろうと、三咲は思った。 店にいた客や従業員たちもそう考えたらしく、ガラス越しの舗道を見ようと首を伸ばした。
 しかし、三咲が続いて外へ駆け出したとき、目に入ったのは信じられない光景だった。
 大倉は、そうやを抱えたまま、暴走機関車のように車道へ突き進んでいた。

――車にぶち当てる気なんだ!――
 密着状態だから大倉自身も危ない。 でも……もしかしてそれでもいいと思っているなら……無理心中をたくらんでいるのだったら!
「いやーっ! 止めてーっ!」
 足をもつれさせながら、三咲は歩道を横切り、腕を精一杯伸ばして何とかそうやを引き戻そうとした。
 大倉の意図に気付いたそうやも、車道に背を向けた不利な体勢ながら、懸命に押し返そう、振りほどこうとしていた。 その片手が大倉の肘に当たって、ずるっと横にすべった。 そうやと三咲、二人の指先が、わすがにからみ合った。
 死にものぐるいで、三咲はその指先に意識を集中した。 普段なら決して出せない力が指に宿り、もつれた男たちの体がぐっと半回転した。
 鋭い警笛を鳴らしながら、乗用車とバイクが並走してきた。 車間距離が狭すぎてどちらもよけ切れず、まずバイクが斜めになって大倉に倒れかかり、そこへ車がブレーキをきしらせながら覆いかぶさった。

 三咲は勢いで、歩道に飛ばされた。 通行人の男性が、何か呼びかけながら助け起こしてくれたが、三咲にはまるで覚えがなかった。 ただ、のめるようにして前へ進み、車の陰に見えなくなったそうやを探し求めた。
「そうや……そうや」
「危ないよ」
 誰かが背後から抱きとめた。 別の声が横で叫んでいた。
「119番! 110番も! 早く!」
「そうや!」
「落ち着いて。 クレーンか何かで持ち上げなきゃ見つからないよ」
 クレーン……! 目の前に黒い闇が湧き出し、周囲が見えなくなった。 三咲はボロ切れのように舗道にへたりこんで、気を失った。



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