表紙

春雷 70


 二時半ごろに、昼食会はお開きとなった。
 こんなに早く話題が尽きてしまうのが、三咲には寂しかった。 牧穂も同じ思いだったらしく、わざわざホテルから出て、駅の近くまで送ってきた。
「それで? 夜も外食ってことになるのかな?」
「うん、まあ」
「きっと都心だ。 当ててみせよう。 ええと、六本木?」
「ちがう」
「じゃあ、銀座」
「それもちがう」
「ええと、赤坂? 麻布?」
「残念」
「あーっ、負けた、くそっ?」
 えらく明るく悔しがると、牧穂は体を曲げて三咲を覗きこんできた。
「ね、負けを認めたんだから、教えて。 どこ?」

 ふと、高校時代が帰ってきたような気がした。 牧穂と腕を組んで也中口の仲通りを流して歩き、ファーストフードの店先に腰を落ち着けて、時間を忘れて語りつづけた日々が。 あの頃、周りには騒音と笑いがあふれていた。 授業や部活に遅れそうになって、ドタドタと階段を駆け降りる足音。 更衣室にたちこめる制汗剤の匂い。 誰と誰がくっついたとか別れたとか毎日のように噂が飛び、本人まで参加して大っぴらにバラしあっていたっけ……
 微笑を含んだ声で、三咲は小さく答えた。
「品川。 駅の近く」
 牧穂は背中をまっすぐにして、二度うなずいた。
「はあ、素敵だね。 品川か。 あそこのナンバーって、車の一番人気なんでしょ?」
「知らない」
 戸惑って、三咲は目をぱちぱちさせた。


 駅前で牧穂と別れて、三咲はいったん家に帰った。 そうやが車で迎えに来ることになっていたからだが、五時前に電話が入った。
「悪い。 会議が長引いてるんだ。 『馬酔木〔あしび〕』へ先に行っててくれる? 七時半には絶対行くから」
 馬酔木とは、そうやの友達が経営しているというカフェだった。 すでに予約は取ってある。 駅のほんとにすぐ傍だから迷うはずはないと太鼓判を押されて、三咲は取りあえず電車を乗り継いで、一人で行ってみることにした。



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