表紙

春雷 69


 それからは故郷の話になった。 手作りのパン屋が開店したとか、燃料の値上がりで漁船が出せず、サンマの水揚げががくんと減ったとか。
「少しずつだけど、也中口も変わってるよ。 都会ほどじゃないけど」
「二人でよく海岸歩いたよね。 荘ノ浦は? まだ砂浜きれい?」
「むしろ前よりね。 勝手連の花火大会が三年前から開かれるようになって、連中が清掃班作って浜辺を掃除してるの」
 荘ノ浦とは、初めてそうやと会った浜辺だった。 古い船が落雷で燃え上がり、火柱となった光景を、今でも時々夢に見る。 荒々しい中に不思議な美しさがあって、しっかりと瞼に焼きついていた。

 その後、会話に勢いがなくなった。 三咲は失恋した友に婚約を話しづらく、牧穂は牧穂で、幸せな友にこれ以上暗い打ち明け話を聞かせるのをためらった。
 話の種に困った三咲が、不意に思い出した。
「そうそう、坂田くんどうしてる? 市役所に勤めたって聞いたけど」
「うん、元気だよ。 来年あたり結婚しそう」
 思わず三咲は体を乗り出した。
「え、そうなの?」
 牧穂の目が可笑しそうにまたたいた。
「それがさ、和泉優子〔いずみ ゆうこ〕となの。 覚えてる? 同級生で、すごくおとなしい子」
 三咲は宙に視線を浮かせて思い出そうとした。 しかし、ロングヘアだったようだとおぼろげに感じるだけで、はっきりとした顔立ちを記憶から見つけ出すことはできなかった。
 なんだか寂しくなった。
「忘れちゃうものなんだね。 卒業してから八年か……」
「まだ八年だよ」
 前向きに訂正して、牧穂はにやっとした。

 デザートのピーチタルトが運ばれてきた。 寄り目になるほど近くから観察して、牧穂は笑顔になった。
「形の崩れてない身が入ってる。 こういうのが好きなんだ」
「牧穂のお母さん、桃の寒天ゼリー作るの上手だったよね。 これちょっと似てる」
「うん」
 まだ笑いを残したまま、牧穂は不意に尋ねた。
「ねえ、今夜、カレと会うの?」

 三咲のことに関しては、牧穂は実に勘がいい。 別に隠す必要もないので、三咲はうなずいて認めた。 すると、牧穂は学生のときのように肘で突っついてきた。
「やりー、ウリウリ」
「やめ」
「やらせてよ。 だって羨ましいじゃない」
 だが牧穂の表情は明るく、妙な妬みには結びついていないようだった。 むしろある意味、楽しげに見えた。



表紙 目次文頭前頁次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送