表紙

春雷 67


 電話で軽く話せるようなことじゃないな、と三咲は思った。 ぎこちない雰囲気で、牧穂もそう感じたらしく、改まった口調になった。
「ごめん。 急に電話して愚痴ばっかで」
「あ、いや……」
「そんなわけで、私は振られちゃったけど、三咲にはカレいるんでしょう?」
 一瞬のためらいがヒントになってしまった。 たちまち牧穂の声が高くなった。
「わあ、やっぱり! ね、どんな人?」
久しぶりなのになれなれしい。 昔の牧穂はもっと気配りのできる子だった。 いくらか白けた心持ちになって、三咲は声を落とした。
「普通の男の人よ。 どうってことない」
「幸せなんだ」
「まあまあ」
 本当にその程度だった。 そうやが好きで、申込まれたことに深い幸福感を抱いているのに、どこか地に足が着いていないのだ。 なぜかわからないが、三咲はそうやのことを考えるたびに胸の奥でちりちりした不安が脈打つのを感じた。
「私ね、あさってまで東京にいるんだ。 せっかくこっちに来たんだから、どっかで会えない?」
 三咲は言葉に詰まった。 考えている間も、相手はどんどん先走っていた。
「そうそう、今吉祥寺の○○ホテルに泊まってるんだけど、和食、洋食、中華にお寿司屋、四軒もレストランが入ってるの。 昨夜一人でヤケ食いして、これがさすがにいい味だったんだ。
 ふたりならもっと美味しいよね。 お昼、食べに来ない?」
 気のすすまない目で、三咲は時計を見た。 十時五十分……。 ちょうど昼ごろに向こうへ着く。 休みだとうっかり言ってしまったから、断る口実が無かった。
「そうね。 吉祥寺ならすぐ行けるけど」
「よかった! じゃ決まりね。 ホテルわかる?」
「うん」
「じゃ、待ってるね」

 電話を切って階段に行きながら、三咲は考えた。
――三時までに切り上げて、いったん家に帰ろう。 それから着替えて定期使って新宿まで行って…… ――
 懐かしくないと言ったら嘘になる。 今でも大好きな故里の話、同級生たちの消息、いろんなことを知りたかった。




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