表紙

春雷 63


 母はまだ信じきれないらしい。 あまりに突然だったからだ。 そうや、やっぱり急ぎすぎだよ、と心で呟きながら、三咲はきっぱりと言った。
「彼の身元は確か。 田上ビルの持ち主の孫なの」
「そう……」
 珍しく、いつもはっきり物を言う母が語尾を濁した。
「最近の若い男の子は信用できないからね」
 え? 思いがけない言葉だった。 三咲は牛乳を飲みかけた手を止めて、母の顔を見た。
「どういう意味?」
「ああ、あのね」
 母はクッキーの缶に蓋をして、憎たらしそうにギュッと押しつけた。
「お父さんが急に転勤したの、おかしいと思わなかった?」
「うん、ちょっと」
「あれってさ、嫌がらせに遭ったんだよね。 職場のイジメってやつにさ」
 三咲は背筋を伸ばした。 胸が冷たくなった。
「そうだったんだ」
「うん。 三咲には言うなって口止めされてたから、今まで黙ってたんだけど、あんたにそんなちゃんとした好きな人ができたから、もういいよね」
 嫌な感じがどんどん大きくなってきた。 三咲は母の横に座り、体を乗り出して話を促した。
「言って」
「あのね、学校に大倉って子いたでしょう? 同級生で」
「いた」
「あんたと勉強会してた子だよね? 友達だったんだよね?
 その子さ、町で会ったときなんかすごく礼儀正しくて、こんにちは、お世話になってます、って挨拶してくれて、いい子だなーなんて思ってたのよ。
 それが、急に道ですれ違っても知らん顔し出して、どうしたんたろうと思ってたら、お父さんの取った契約が、次々断られるようになってさ。
 お父さん納得できないから、相手の企業に聞きに行ったのよ。 そしたら、市長さんから圧力がかかったみたいなこと言われたって。
 たしか、大倉くんって市長の息子だったよね」
 冷えていた三咲の頭が、かっと燃えあがった。



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