表紙

春雷 62


 私だけって…… 三咲の心に不安がきざした。
「そうやのお祖父さん、やっぱり私とのこと反対?」
 驚いて、そうやは眼鏡を光らせて顔を上げた。
「いや。 何の問題もなかったよ。 ごめん、最初に言わなくて。 やっぱり上がってるんだな、俺」
 来週にでも日にちを合わせて田上本家へ挨拶に行こうということになった。 明日の電話を約束して別れた後、リビングに戻ると、予想した通り質問攻めが待っていた。
 母は冷蔵庫からチューハイを出してきていた。 いらつくとチューハイウーロン茶割りを飲む癖があるのだ。
 父のほうは、テレビをつけて次々にチャンネルを切り替えていた。 どちらも落ち着かず、険しい空気さえただよっていた。
 まず、母が勢いよく椅子に腰を落とした。
「ねえ、いつからそんな秘密主義になったの?」
 あわてて三咲は撤退しかけた。
「あの、ちょっと着替えてくるから」
「待って! そんなの後でいい」
 仕方なく戻ると、ソファーに座らされた。
「なんで付き合ってるの隠してた?」
 三咲は、もじもじと落ち着きなく足を動かした。
「彼が、はっきり決まってから言おうって」
 これは本当のことだった。 ただし、両親が思っているような二、三年前ではなく、十年前の夏の約束だったが。
「できちゃった、ってこと?」
 母の問いに、一番驚いたのは三咲自身だった。
「はあ? 何それ?」
「違うのか」
 とたんに父がほっとした顔になった。

――できちゃったも何も、キスしかしたことないよ――
 心の中でぶつぶつ言いながら、三咲は階段を上っていった。 疲れと嬉しさ、それにちょっぴりの物足りなさが入り混じった、どこか落ち着かない気分だった。


 翌朝になって、母は更に気に触ることを口にした。
「ねえ、昨夜の彼」
「うん」
 今日も通勤だ。 三咲は牛乳パックを手にしてコップを出した。
「本物の田上ビルの跡継ぎ? あんた騙されてるんじゃないの?」



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