表紙

春雷 59


 途中で軽く腹ごしらえしたため、家に帰り着いたとき、時計は九時二十分を示していた。
 運転席から降りて、ドアをパタンと閉めると、そうやは呟いた。
「初めてお宅に行くには遅い時間だな」
「だいじょぶ。 うちはみんな夜型だから」
 手を引っ張って門を入ると、待っていたように玄関のライトがついた。
「おかえり」
 いつもならリビングにいて出てきやしないくせに、母の明るい声がした。 初めて娘がボーイフレンドを連れてくるというので、好奇心一杯なのだろう。
「ただいま」
 ドアを開けると、左横の階段から父までがのそのそと降りてきていた。 あわてて振り返った三咲のすぐ後ろで、そうやが淡い微笑を浮かべてきちんと頭を下げるのが見えた。
「初めまして。 田上といいます」
 はきはきと挨拶されて、父は逆に焦ったようだった。 持っていた週刊誌を背後に回し、ぼそっと口の中で答えた。
「どうも」
 母は素早く品定めを終えて、満足したらしく、にこにこしていた。
「上がってくださいな。 どうぞ」
「失礼します」
 横向きにすっと上がって靴をそろえる姿が決まっていた。 やはり元役者は動作がきれいだ。 三咲が脱いだ靴をしまっている内に、母がさっさとそうやをリビングへ連れ去ってしまった。

 部屋の中へ入ると、そうやは鞄からきちんと包装した立方体の箱を出した。
「コーヒーがお好きだと聞いたので。 少しなんですが」
「まあ、ありがとう。 さっそく使わせていただくわ」
 部屋で一番座りごこちのいいソファーにそうやを座らせ、母はコーヒーカップを出し、父は愛用のパーコレーターをセットした。 二人してそうやを質問攻めにする前に助けなきゃ、と三咲がバッグを抱えて急いで部屋に入ったとき、そうやがすっと立ち上がった。
 そして、大きくないが通る声で言った。
「あの、突然でびっくりされると思うんですが、三咲さんと真剣に交際しています。 結婚を許していただけますか?」



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