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春雷 57
その日、仕事場で、三咲はおとなしいと言われた。
「ここ何日かすごく元気だったけどな」
「そうですか?」
「うん、目がキランキランで、声がデカくて。 でもなんか、今日は静かだ。 なあ?」
店長に賛成を求められた杉町が、花を束ねたテープを切りながらうなずいた。
「やなことあった?」
「ありませんよ、別に」
「まあプライバシーには立ち入らんけど」
そう言ったばかりで、次の矢が飛んで来た。
「失恋でもしたか?」
「いえ」
違うよ、その真逆――そう思ったとたんに、頭のてっぺんまで血が上った。
杉町が鋏を持つ手を止めて、口をぽかんとあけた。
「あれー、真っ赤っ赤」
村川店長が振り向いて、げらげら笑い出した。
「ほんとだ。 猿の尻みてえ」
形容がひどい! 怒ろうとしたが、いっそう顔が熱くなってきたので、三咲は急いで廊下に逃げ出し、マム(=菊)の在庫を調べに行った。
夜の八時少し前、紺のジャケットを着たすらりとした姿が、さりげなく『フローラルベル』に入ってきた。 黒い細縁の眼鏡をかけているのが新鮮で、女性客に薔薇の花束を渡していた三咲は、視線を二度、三度と送って顔立ちを確かめてしまった。
そうやは鼻筋が通っていて高い。 だから眼鏡がよく似合い、インテリな助教授風に見えた。
そのせいか、初め店員たちは彼が誰かわからなかった。 そうやが眼鏡を外して三咲に近寄り、微笑みかけたとき、ようやく藤崎が気付いて、目を丸くした。
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