表紙

春雷 55


 邪魔? たった今、障害はないと言ったばかりなのに?
 そうやの言葉には矛盾があった。 だが三咲は目をつぶって見ないふりをした。 今度こそ彼を信じようと、そう思った。

 車の中で体を寄せ合ってじっと感慨にひたっているうちに、時は刻々と過ぎ、気がつくと朝になっていた。
 車内の時計に目をやって、そうやが囁いた。
「もう五時だ」
 三咲は目を開いた。
「ほんとだ」
「家まで送る」
「あ、でもここ、そうやのマンションなのに、また出てわざわざ?」
 男の横顔が優しく崩れた。
「今夜お宅に行くから、道の予行演習」
 そして、一睡もしていないとは思えないほど軽い動きで、なめらかにエンジンをかけた。


 朝もやの街は車が少なく、信号通過が楽だった。 ぽつぽつと通るのは、荷物運びの大型トラックやトレーラー。 たまに来る普通車の運転者たちは眠そうで、小路には新聞配達のバイクが見え隠れしていた。
 一方通行の道を確認しながら、そうやはうまく三咲の家の前まで車を持っていった。
 三咲の体を両腕にかいこんで、そっと唇を合わせた後、そうやは低い声で尋ねた。
「店へ迎えに行っていい?」
 えっ! 三咲はびくっとなった。 これまで職場に私生活を持ち込んだことはない。 まして、相手が注文先の専務となると、妙に誤解されそうだし、おまけに目立ちすぎるだろう。
 三咲は迷った。 だが、そうやは譲らなかった。
「どうせすぐわかるんだ。 堂々と付き合ったほうがいいよ。 こそこそするとかえって勘繰られるよ」
 そうかもしれない。 早く公認になった方が安心かも。 胸がどきどきしてきたが、三咲は勇気を出すことにした。
「そうだね。 じゃ、夜の八時に」
「八時だね」
 別れのキスは、情熱的だった。




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