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春雷 53
ふたりは車に乗って、来た道を引き返していった。 どこへ行くのか、三咲は訊かなかったし、そうやも答えなかった。
車体が前に下がっていく感覚があったので、うつらうつらしかけていた三咲は不安定な体勢になり、慌てて目を開けた。
「ここ、どこ?」
「東中野。 俺のマンション」
車は地下駐車場に入っていった。 決められた区画にきちんと停めると、そうやは背筋をまっすぐ伸ばして座り、しばらく前を見つめていた。
そのままの姿勢で、彼は喉から押し出すような声で言った。
「結婚、しちゃわないか?」
まだ夜は明けていなかった。 半分頭が眠った状態の、ぼうっとした中で、三咲の口は勝手に返事した。
「いるんでしょう、恋人? すごい外車で迎えに来てたって同僚が」
クッと小さな笑いが聞こえた。
「恵〔めぐみ〕だろ? 付き合うなって言われてるけど、なんか気が合うんだよ。
ああ、小野寺恵って名乗ってるが、本名は恵介〔けいすけ〕。 つまりゲイ」
「男?」
ぱっちり目が覚めてしまった。 三咲は座席に座り直し、バックミラーで顔を確かめた。 今、結婚申し込みされたんだ。 本気で!
こんな大事なときに化粧崩れしていたらマズいな、と目を凝らしていると、肘をそっと突つかれた。
「どうする?」
「えーっと」
声が縮んだ。 気持ちが焦る。 すると柔らかく手を握られた。
「俺は何の邪魔も入らないよ。 じいさんには言ってあるんだ。 一生独身かもしれないし、結婚するときは自分で決めるって」
三咲はくらくらしてきた。 勢いで踏み切って後でゆっくり後悔する、なんてことにならないだろうか。
だが……だが、これから彼なしで生きていくことを考えると、胸がしゅんと縮んだ。
決めるときは決めなきゃ。 暴走かもしれないけれど。 ためらいを吹っ切って、三咲ははっきりとうなずいた。
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